うるさい心臓と、

「凄い執念やな」

「うん、怖い怖い」

「どーせ朝倉関係で何か賭事でもしたんだろ」



忍足、滝、宍戸の言葉を聞いて、更に目の前に立っている男への苛立ちが込み上げる。



「私が負けるとか有り得ない」

「ツメが甘いんだよ。他の奴らとは体の作りがちげぇ」



鼻を高々として得意げな顔をする景吾は、全身びしょ濡れなくせに妙に格好付けていて殴りたい衝動に駆られる。だけどそこは我慢、負け犬の遠吠えだけは御免だ。

賭けの内容はズバリ、「バナナボートから落ちずにいられたら夜に泉と2人きりにさせてやる」というものだった。ぶっちゃけ今更2人きりがなんだって話だけど、研修旅行となれば雰囲気も変わるし普段とは訳が違う。そこを突いてこっちから提案してみたものの、まさかあそこまで意地になるとは思っていなかった。



「あんなに必死で食いつかれるとは思ってなかったわ。ぶっちゃけ引いたもん」

「なんとでも言え。俺の勝ちだ」

「うわ、ムカつく悔しい!」



景吾と賭けをする事は昔からあったのでさほど珍しくなく、でも自分が自信のある賭けで負けたのはこれが初めてだった。いつも大体五分五分とかだったのに、つーかまずあんな本気な顔してるの初めて見たし。



「泉が絡んだからって大人げない」

「無様だな香月、っいてぇ!」

「安西さん、それはあかん。ビキニで上段蹴りはあかん」



つい足が出てしまうと景吾は青筋を立てたので、捕まる前にその場を離れ避難する。すると後ろからはやっぱり乱暴な声が飛んで来て、あぁ面倒臭いなぁ。いくらなんでもそんなにムキにならなくても、ねぇ?



***



波乱万丈だったマリンスポーツも終わり、一同は今フェリーに揺られている。



「移動がフェリーって凄い!」

「跡部が絶賛船酔い中だけどね」

「私の操縦に耐えた癖になんでこの程度で酔ってんのよあいつ」



そう言い滝が隅の方を指差すと、そこには確かに青ざめた顔の跡部が俯き座っていた。その背中を芥川がさすってやり、さながら兄弟のような2人を見て忍足はついシャッターを切る。まさに人の気も知らないで、という状態だ。



「そういえば香月と景吾、なんか凄いスピードで走ってたよね」

「まぁ色々あって。インストラクターの指示ガン無視してたわ」

「俺も安西と勝負したかったぜー!」



ちなみにこれから行く先は、沖縄と聞けば誰もが頭に浮かべる観光名所、美ら海水族館だ。跡部の願いも相まってかフェリーは間もなく到着し、穏やかな雰囲気のそこに早速足を踏み入れる。



「景吾大丈夫?」

「あぁ」

「はい、水。昨日景吾がくれたやつの違うバージョン」

「…ありがとよ」



愛くるしいウミガメのパッケージの水を受け取るなり、跡部は半分くらいを一気に飲んだ。そんな些細な事を覚えていてもらえた事が嬉しいなどとは、口が裂けても言えない。

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