「泉ー入るわよ」

「はーい」



撮影が終わり楽屋で一休みしている泉の元に、マネージャーの北野がノックと共に入って来た。ノックとドアが開くのが同時なのはもう慣れっこで、お互い何事も無かったかのように本題に入る。



「編集部の窓口にお友達が来てるわよ」

「へ?友達?」

「うん、1人だったけど。銀髪でかっこいい子だったわー!毛先だけチョロンって結んでて」

「…ちょっと行ってきます」



唐突に告げられた内容に動揺しつつ、とりあえず待たせるのも悪いので泉は撮影衣装のままその場を後にした。毛先だけチョロンと結んでいる銀髪、で思い当たる人物など、彼女の中では1人しかいない。



「雅治!」

「お疲れさん」

「いきなりどうしたの?マネージャーさんから聞いてびっくりしちゃった」

「理由がなきゃ会いにこれんかの?」



予想通りそこには仁王が待っており、悪戯っぽい笑顔を向けられ思わず拍子抜けする。しばらく他愛も無い話をしていたが、勢いで出てきてしまった為何の身支度もしてないので、泉は帰り支度の為にもう一度楽屋に戻っていった。



「もー、あの子もこんなかっこいい彼氏がいるなら言ってくれればいいのに」

「…どうも?」



なんとなくその後姿を見つめていた仁王だが、背後から北野が現れた事により意識はそちらへ移った。マネージャーだろうか、と思い疑問符を頭の上に浮かべていると、北野の方から自己紹介が始まり彼も続いて挨拶をする。



「俺、彼氏じゃないです」

「あらそうなの?」

「他校ですけど、テニス繋がりで」

「あぁ!そういえばあの子合宿だけマネージャーやったものね。それかー」



それを皮切りに北野は普段の泉について仁王に問うたり、あるいは彼女の色んなエピソードを彼に話してその場を楽しんだ。泉の話をしていると心底楽しそうな北野を見て、本当に誰にでも愛されるな、とつい彼まで嬉しくなる。



「あの子、周りに恵まれてるってしょっちゅう言ってるわ。これからもあの子をよろしくね」

「はい、勿論」

「雅治お待たせー、って北野さん!楽屋にいないと思ったら此処にいたんですか!」



人知れずそんな約束を交わした所でタイミング良く泉が戻り、2人の間に自然に入る。



「うん、ちょっとイケメン発見しちゃったから」

「そうですか…。挨拶しようと思ったのにいなかったからびっくりしました。それじゃあ私帰りますね。お疲れ様でした」

「お疲れさまー。デート楽しんでね」



明らかに冷やかしが入っているそれには苦笑で返し、それから仁王と泉はようやく歩き出した。



「ごめんねー、北野さんあぁいうの大好きだから」

「ええ人じゃのう」

「うん、物凄くね」



しばらく途方も無く歩いていた2人だが、会話が盛り上がるにつれて何処かに入る事を決め、近くにあったあまり人気の無い喫茶店に腰を落ち着かせた。お互いのコーヒーと、泉に至ってはケーキも届いた所で一瞬沈黙がよぎり、仁王が口を開こうとした矢先に泉の声が被る。



「ありがとう。心配して来てくれたんだよね?」

「流石のお前さんでも分かったか」

「日吉君でさえ言葉にして言ってくれたもん、逆に気付かなきゃ失礼だよ」



それがどんな言葉だったのかは非常に気になる所だが、そこを詮索出来る程彼に度胸は無い。なので黙って泉の話を聞く。



「そりゃあ周りの対応の変化とかに驚いてない訳じゃないけど、こうやって心配して会いに来てくれる人がいるなら大丈夫。ていうか、皆がいれば何でも大丈夫だよ」

「頼もしすぎるからの、全員」

「ほんとね」

「ケーキもう1個食うか?」

「でも流石にもう21時前だしなぁ」

「何今更気にしとんじゃ。奢るから食べんしゃい」

「ええ、いいよそんな!」



と途中までは遠慮していた泉だが、半ば無理矢理仁王が頼むといい加減諦めがついたのか大人しくなった。むしろ、実際にケーキが届くと喜んで頬張っている始末だ。そんな大人のような子供のような彼女から、まだまだ目が離せそうにない。



「幸せだー」

「お前さんが幸せなら俺も幸せじゃ」

「ふふ、ありがとう」



離したくない、と言った方が、正しいかもしれない。
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