流石にまだ誰もいないか、と殺風景な教室を見渡しながら1人席に着く。本当は泉も一緒に此処にいるはずだったけど、運悪く廊下で担任に出くわしてしまった為、そのまま2人は職員室に行った。 時刻はまだ8時を回ったばかりで、グラウンドからは朝練中の運動部の声が聞こえてくる。早く泉来ないかなぁと柄にもなく物思いに耽っていると、誰かが教室に入って来る音がした。 「なんだ、景吾と芥川か」 「なんだとはなんだ」 まぁなんとなく予想はしてたけど、実際泉じゃないとなるとやっぱちょっと腑に落ちない。そんな理不尽な考えは口には出さずにとりあえず挨拶を交わし、席に座った2人に体を向ける。 「その調子じゃまともに朝練も出来なかったんでしょ」 「うわ、やっぱりわかる?皆顔死んでたC」 「情けねぇ話だがな」 下手な作り笑顔を見ながら話していると、そうこうしているうちに時間は過ぎてぽつぽつとクラスメイトが教室に入って来た。出来ればあんまり人がいないうちに帰って来て欲しいのに、気持ちとは裏腹に室内の人口密度は上がって行く。ちょっとは空気読めよあの担任、と半ば八つ当たりの気持ちでいたら、チャイムが鳴るギリギリのタイミングでようやく泉は姿を現した。芥川が喉元まで泉の名前を叫びかけたけど、注目を集めちゃ悪いと思ったのかそれは寸前でグッと堪えられる。 「おかえり。大丈夫だった?」 「うん。なんだかんだ心配してくれてたみたいで、ちょっと話し込んじゃった」 泉が入って来ると同時にクラスは一瞬静まり返り、視線は1つに集中された。でもしばらく何の気遣いも無しに話し続けているとそれも無くなり、また本来のザワついた空気に戻る。 「余計な心配はすんなよ」 「あはは、頑張ってみる」 それでも大半が様子を窺うようにこちらに視線をチラチラと向けて来て、それには泉も気付いているのかちょっと気まずそうに無理矢理笑った。この雰囲気ばかりは私達もどう施せばいいのか分からず、結局何も出来ないままHRが始まる。守ると言った割には何の策も見つからなくて、それが悔しい。 *** どうしようもないなぁ、というのが素直な感想だった。 雰囲気が気まずいのは勿論、クラスの皆が何か言いたげなのもひしひしと感じているけれど、だからと言って前に立って何かを言えるキャラでも無い。出来る事と言えばせめて雰囲気をほぐすように笑顔を作る事くらいで、それ以外は何も思いつけなかった。 「んなバレバレの気遣いしてても返って気まずくなるだけだぞ」 「…だって何すればいいか思いつかないんだもん」 「大丈夫だ。お前の周りにいるのは何も俺達だけじゃねぇだろ」 やけに自信ありげに言い放った景吾に首を傾げていると、教室のドアから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある声にすぐに反応してそちらを向けば、 「美保ちゃん!」 「おかえり!待ってたんだよ」 そこには、葛西君の時に色々協力してくれた美保ちゃんがいた。停学中にも何度かメールをくれたけど、まさか教室まで出向いて来てくれるとは思っていなかったからつい立ち上がって美保ちゃんの元へ駆け寄る。 「本当は昼休みに来ようと思ったんだけど、なんだか居てもたってもいられなくて。謹慎が解けて本当に良かった」 「わざわざありがとう。嬉しいよ」 心底安心したような表情を見て、こっちの枷もするすると解けて行く。そうしてしばらくドア付近で美保ちゃんと立ち話をしていると、不意に肩を突かれて私達の視線は後ろに向いた。 「ごめん、中々話しかけるタイミング無くて遅くなっちゃったけど、私達も泉ちゃんが帰って来るの待ってたんだよ」 「便乗しちゃってごめんね。おかえりなさい」 朝からずっと様子を窺うようにして来たクラスの女子の皆も、今は笑顔でそんな言葉をかけてくれている。美保ちゃんがキッカケとなってくれたおかげで、今まで遠巻きに見ていた人達も次々と「おかえり」と声をかけてくれた。 なんだろうこれ。夢みたいだ。 「心配して来てみたけど、よけいなお節介やったな」 気が付けば皆もすぐ隣に居て、急に状況が開けた事に未だ思考が追い付かない。 「Miuちゃんサイン頂戴ー!」 「眼鏡取ってー!」 「しばらくはこんな感じだろうけど、まぁ気にする事じゃねぇよ」 「いずれ収まるでしょう」 宍戸君と日吉君の言葉にもうんうんと頷いて、同時に乗っかって来た2つの大きな手に涙腺がぐっと緩む。見なくてもわかる、香月と景吾のものだ。 「だから言っただろ」 「私も心配損だったわー。ていう事で泉、」 おかえり。 何重にも重なったそれが耳に入ると、いよいよ視界がぼやけて私は咄嗟に俯いた。その瞬間にもジローが飛び付いて来たり、それにすぐさま鳳君が被さったり、なんだかしっちゃかめっちゃかだけど、これは幸せ以外の何でもない。当たり前すぎて忘れかけていたそれに、ようやく気付けた。だからもうこれ以上見失いたくない。 「ただいま」 今ある居場所で笑って過ごせていれば、それで充分だった。 |