目が覚めるとまず目の重たさにびっくりした。鏡を見なくてもわかる、これ絶対目腫れてるよ。時刻はもう22時を回っていて、明日は午後から撮影が入ってるというのにこのままの顔じゃ絶対に行けない。

そんな風にしばらく寝呆けていたけど、不意に手の暖かみに気付いた。当然のようにあったせいで気付くのが遅れたものの、視線を落とせばそれは大きくて暖かい景吾の手だった。



「ごめんね、たくさん心配かけて」



しっかりと繋がれた手と、景吾の疲れ切った寝顔を見たらまた涙腺が緩む。でももう流石に泣き顔は見せたくないのでグッと唇を噛んで堪える。

どんな時も傍にいてくれて、申し訳ないくらいの優しさを注いでくれる。景吾がいなきゃ今の私は成り立ってないと言っても過言じゃない。



「ありがとう、景吾」



少しでも心地よい夢を見れたら、そんな願い事をしながら景吾の頭をゆっくり撫でる。見れば見る程やっぱり整った顔立ちをしていて、こうして動いていない姿を見ると本当に人形なんじゃないかと見間違うくらいだ。

とその時、景吾の長い睫毛が揺れた。段々と瞳が開かれ、最終的にその青い目は私を見据える。



「起きたのか」

「うん。ずっと傍にいてくれたんだね」



そう言えば景吾はちょっと照れくさそうに「当たり前だろ」と言って、控えめの欠伸をした後にスクッと立ち上がった。



「腹減ってるだろ」

「大丈夫、もう体は元気だから自分で作れるよ。座って待ってて」

「無理してねぇか?」

「全く。ほら、出て出て」



何でも景吾にしてもらってばっかじゃ悪いし、体が元気なのは本当なので料理くらいは自分でする。微妙に腑に落ちてない表情の景吾はスルーしつつ、とりあえず2人でリビングに出てソファに座らせた。



「景吾の方が疲れてる顔してるよ。何食べたい?」

「…温かい物」

「わかった」



それならシチューを作ろう。ちょうどルーもあるし、ミルクシチューにしようかな。エプロンを腰に巻き、気合を入れてキッチンに立つ。ちょっと恥ずかしいけど、今までの感謝の気持ちをこの料理に込めて、あわよくばそれが景吾に届いてくれればいいな、と思った。



***



「美味い」

「良かった。おかわりもあるよ」



最初は空元気なんかじゃないかと不安だったが、料理をしている後姿を見て嘘じゃないと判断した俺は、しばらくソファに座ってまだ若干寝惚けている頭をぼーっと働かせていた。そうしているうちに良い匂いが鼻腔を掠め、すぐに美味そうなシチューが目の前に置かれた。見た目通り味も美味く、俺の言葉に安心したように微笑んだ泉を見て俺も思わず口元を緩める。



「私明日午後から撮影なんだよね。この顔で行けるかな」

「確かにむくんで酷ぇな」

「景吾がフォローしてくれる訳ないよねー。顔冷やさなきゃ」

「あぁ、そうしろ」



微妙に拗ねながら冷やすもんを取りに行く泉の後ろ姿を、笑いながら見送る。

正直、今日の混乱が嘘みたいに晴れて、何事も無かったように笑ってる自分と泉が不思議でたまらない。でも、こいつといると安心して仕方ないというのが現状だった。



「景吾、どうする?泊まってく?」

「…お前、あんまそういう事安易に男に言うんじゃねぇぞ」

「へ?あ、うん。ごめん」



すると急にそんな事を言って来た泉に、口に含めていたシチューを噴き出しそうになりながらもしっかりと注意をする。いまいちよくわかってねえみたいだが、そこの詳細まで教えるのはなんだか違う気がしたのでそこで止めておく。



「香月を呼ぶ。1人じゃ不安だからな」

「香月いいの?迷惑じゃないかな?」

「心配すんな。あいつだってお前と一緒にいたいって思ってるぜ」

「それなら、嬉しいけど」



こういう時くらい自分を優先してほしいが、泉にそれを言った所ですぐに改善されるとも思わないのでこれも流しておく。



「泉」

「ん?」

「謹慎はいつまでだ」



そして俺は、今まで口に出さなかった話題を投げかけた。そうすると案の定泉の表情はみるみる曇り、最終的に俯く。



「まだ連絡来てないからわかんないけど、多分来週頃には復帰になると思う」

「お前は、氷帝が好きか?」

「好きだよ、大好き」



が、その言葉だけは俺の目をじっと見ながら、顔を上げてはっきりと言った。



「大好きだけど、私がいて良いのかな」

「何でそう思うんだ」

「だって皆を混乱させた上に色んな人に迷惑かけちゃったし、これまで通りの生活を送れるかもわかんない」

「…確かにそうだ」



泉の言う通り、全校生徒に波紋が広がったことは否めない。だが、重要なのはそんな事じゃない。



「だが、1番大事なのは他の奴らの想いじゃなくて、お前の想いだ。お前がいたいなら俺達は勿論それを受け入れる。むしろそっちの方が良いに決まってんだよ。逆に、お前がいたくないならそれも受け入れなきゃいけねぇ。その想いが自分の心と合ってるものなら、の話だがな」



こいつがもし学校にいたくないという決断を下すのなら、その理由はほぼ100%周りに迷惑をかけるから、とかそんな感じだ。だが、俺はそんな理由でこいつの意向を受け止める気は更々無い。大切なのは泉の本心だ。



「私はただ、皆といたい」



随分間が置かれて言われたその言葉は、か細い声で申し訳なさそう放たれた。だがそんな泉とは対照的に、ようやく本音を聞けた俺は無意識に口角が上がるのを止められない。



「それが本心だな?」

「わがままだってわかってるけど、皆とずっと、笑ってたい」

「それでいいんだよ」



きっと、この決断を口にする事は泉の中で色々と思う所があったに違いない。だが、此処まで言ってくれれば俺、いや、俺達も随分と気が楽になる。泉自身の事は泉が選んだ答えが1番に決まっている。その答えと俺達の願望がようやく一致した事に、俺は喜びを隠さずにいられなかった。そしてそんな俺を見て心底安心そうに微笑んだ泉を、もう何があっても1人にさせないと誓った。
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