信じること

「ん…?」

「やっと気が付いた」



倦怠感と共に目を覚ますと、そこには西野さんと知らない男の人が2人いた。多分というより間違いなく、合宿で赤也君に話しかけたというあの例の2人だろう。



「本当、あんたもその周りも皆馬鹿みたいだね」

「こんな事してる貴方に言われたくないけど」

「そういう所も腹立つ」



西野さんはそう言うと手を大きく振りかざし、そのまま容赦なく私の頬を叩いて来た。不意打ちだったから歯を食いしばる事も出来ずに、口内からは血の味がする。自分の状況を見直してみれば手足も紐で縛られているし、抵抗どころか防御すら出来ない。



「どうせあんたなんてその顔と体しか取り柄無いじゃない。散々周りを騙して侑士も騙して、どうやってテニス部に溶け込んだの?ねえ教えてよ」

「姿を偽ってたのは本当だけど騙してたつもりは無い。それに、もし侑士が私の顔しか見てないって言うなら、自分の好きな人は顔でしか人を選ばない人だって言ってる事になるんじゃない?」



着々と距離を縮めてくる西野さんに若干の恐怖を持ちながらも、こっちはあくまでも冷静を装う。実際心臓はバクバク鳴ってるしそれどころじゃない。でも、こっちまで興奮してしまったらこの状況はもっと悪化するだろう。だからそう言ってみると、一瞬西野さんの動きが止まった。



「自分の好きな人がそんな人だって、本気で思ってるの?」

「うるさい!あんたに何が分かるの、1番近くに居といて私の気持ちなんて分かる訳無い!」

「分かりたくもないよ!」

「もういい」



一瞬分かってくれるかも、と思ったのはただの儚い願いにしか過ぎなかった。つい声を荒げて反応すればその途端西野さんの目はもっと冷たいものに変わり、それと同時に待機していた男の人達が覆い被さってくる。



「この前やりそこねたから、今回はよろしくね」



抑え付けられる体に、無遠慮に触ってくる手に、嫌でもあの日の、葛西君の事が走馬灯のように頭を駆け巡った。誰か助けて、お願いだからやめて、どうにかして。そんな他力本願な考えばかりが心の中を支配する。

でも不意に、これじゃ駄目だ、と思った。



「抵抗するだけ無駄だよー」

「誰も来やしねぇよ、こんな場所」



助けを待ってばかりじゃ駄目だ。抵抗しなかったら相手の思うがままなんだ。



「お、やっと大人しくな、っ!?」



一度諦めたフリをして体の力を抜くと、男2人も安心したように掴んでいた力を緩めた。だからその隙を狙って2人の事を思い切り蹴り飛ばし、反動で勢いよく立ち上がる。紐はさっき服を脱がす際に邪魔だと思ったのか取られたから、これでようやく自由に体を動かせる身となった。

そして、その2人と西野さんから即座に距離を取る。今まで周りを見てなかったけど、よくよく見てみると此処は倉庫のようだった。何か武器は無いかと探し、目に留まった鉄パイプに意識を集中する。自分で出来そうな防衛をしなくちゃ、こんな所で色々失う訳にはいかない。



「ふざけんじゃねえぞテメェ!」



男達が追ってくる、迷ってる暇はない。私は鉄パイプに向かって一直線に走って、両手で勢い良くそれを掴んだ。同時に体ごと振り返り、その反動を使って全力で鉄パイプを放り投げた。



「いってぇええ!!」

「おい大丈夫かよ!」



幸運な事にそれは1人のお腹に凄い音を立てながら直撃した。お腹を抑えて床に這いずり回っている所から、多分しばらくは動けないと見て大丈夫だと思う。でも、こんな事人にするのはおろか、こういう暴力的な映画すら元より苦手だから、全身から冷汗がとめどなく流れて来た。

そんな事を思っている間にももう1人の男は近付いて来ていて、傍らにあったもう1つのパイプを再び手に取る。



「武器なんか持ったって無駄だよ。どうせ今のはマグレだろ?」

「そうだけど、持ってないよりマシ」



確かにこれはただの虚勢にしか過ぎない。これからどうしようと考えながらジリジリ詰め寄ってくる男を見ていると、ふとその後ろにある大きな窓が目に入った。…もし誰かがこの辺にいたら、あの窓を破れば音に反応してくれるかもしれない。

一か八かの思いで、私は持っていた鉄パイプを振りかざし、



「何を、っ!?」



思い切り窓目掛けて投げた。的が大きかったおかげでそれは見事に的中して、盛大な音を立てて割れていく。3人がその音にびっくりして怯んだ隙に、武器になりそうな物をまた手に取ろうとした、その時だった。



「もう逃げられねぇよ」



いつの間にか後ろに来ていた男に羽交い絞めにされ、一瞬にして身動きが取れなくなる。いくら抵抗しても男の力には到底叶わず、聞こえてくる笑い声に反応して顔を上げる。



「やっぱり馬鹿ね、あんた」



心底楽しそうな顔を浮かべた後に、ヒールの付いた靴でお腹を蹴られる。もう1人の男もまだお腹は抑えているけどいつの間にか復活していて、私は再び3人に囲まれた。

負けてたまるか。諦めてたまるか。震えて口がガチガチ言い始めたのに気付かないフリをしていたものの、服が引き裂かれていく感触を味わいながらふっと意識が朦朧とする。



「何やってんだよ、あんたら」



最後に見たのは、真っ赤な目だった。
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