「なんやねん、滝」 「あれ、バレちゃった」 空き教室にてしばらく考え事をしとった最中、妙に静かにドアから滝が入って来た。何の意図を持ってそうしたのかは知らんけど、そこにいつもの笑顔は無い。 「まさに騒然、って感じだね」 「あぁ。こんな騒がしいの、跡部が生徒会長と部長を両立するって決まった時以来やない?」 「凄かったねーあの時。跡部が入学早々キング発言した時も中々だったけど、やっぱ1番はあの時だね」 「跡部サマサマやなほんまに。人騒がせな奴や」 「流石カリスマだ」 なんとなく話を切り出しずらいのはお互い様なんか、そんなどうでもええ話で沈黙を埋める。でもそれも所詮気休めで、滝は俺より離れた椅子に腰をかけるとようやっと本題に入った。 「俺さ、どっちかっていうと皆の輪の中に入るよりも傍観してる立場じゃない?」 「確かにあんま入ってきぃひんな、自分」 「見てる方が楽しいからね。それで今回気付いたんだけど、泉って本当に愛されてるよねぇ」 「は?」 俺も俺でそれなりに真面目な返事を考えとったんに、滝の口から出たのはそんな突拍子も無いもんやった。間の抜けた声でしみじみと言う奴は、清々しい程にいつもとなんら変わらん。最初入って来た時のシリアスは何処消えたんや、と1人返事に困っとると、その前にまた話しかけられる。 「俺達、こんな所で何してるんだろうね」 「さあな」 「本当に俺達に出来る事は何も無いのかな。解決策が見つからなくても、周りの噂を止められなくても、泉が閉じ籠ってても、何かあるんじゃないかな」 と思っとったら、またフと笑顔が消えた。 「1番怖いのは他の誰でもなく泉だよ。だってこんな風に話せる相手すらいないんだ。苦しい事も全部まとめて聞いてくれる相手が絶対欲しいはずなのに、その相手になれる俺達は皆こんな状態でさ。俺は傍観者だけど、この立場なりに思うのは」 いつの間にか目の前まで来とった滝を見上げる。近付いとった事にも気付かんくらい意識が他の方に向いとった。その意識の矛先は勿論、言うまでもない。 「駄目なんだよ、このままじゃ」 それを聞いた途端、今まで理屈で動いとった思考が弾けた感覚に襲われた。 自分には何が出来るのか。自分がすべき事は何か。かけてあげられる言葉は何か。 そんな事は実際、どうでも良かった。ただ一目泉の顔を見れれば、それで良かったんや。 「行ってらっしゃい、忍足」 優雅に微笑む滝と手を合わせてからすぐにその場を立ち去る。一度行動に移してみると体はそれに素直に順応して、なんや今なら50m自己ベスト出せるんちゃうか、なんて思った。 *** 「マジ何やってんだよあいつら!馬鹿じゃねーの!」 「落ち着いて、下さい」 馬鹿でかいマンションやら一軒家やらが並ぶ住宅街を、樺地を隣に引き連れ爆走する。他の奴らがどうしようどうしようとウジウジしてる中、俺にそんな暇は全っ然無かった。だってそうだ。頭で色々考えるのとか元から向いてねえし、泉を1人で不安にさせるくらいなら会いに行った方がよっぽど良いと思った。なのにあいつらと来たら、人によっちゃあ授業にも出ねえでどっかにサボリに行ってると来た。 「サボるくらいなら走れってんだよ馬鹿!なぁ樺地!」 「ウ、ウス」 かくいう跡部も教室にいなかったからか樺地はちょっと歯切れの悪いウスを返して来た。ちなみにこいつとは玄関で会った。こいつは俺と同じくらい行動力があるみたいで、偶然会うのは前のと合わせてこれで2回目になる。 とそこで俺が思いっきり右に行こうとしてたのを樺地が「こっちです」とさりげなくリードしてくれて、左に足先を変えてまた足を速める。その先に見えたマンションに着くなり、まず俺は息を整える為に膝に手をついた。飄々としてる樺地がムカつくのは、今は言わねぇ。 「行くぜ」 「ウス」 んでやっと落ち着いたから、次はゆっくりとインターホンの前まで来る。部屋番号は覚えてるし、後は泉が応えてくれるかどうかだ。まぁ大丈夫だろ。 …って、出ねえ。 諦めずに何回も呼び出してみるものの、返ってくるのは全部無音だけ。電話にもメールにも出ねぇし、変な事考えてなければいいんだけどなと若干不安が襲う。 「だーー!クソクソッ!!出ろよー!」 するとその怒声が効いたのか(多分違ぇけどそういう事にしとく)、ガラス張りのドアはようやくウイーンと音を立てて開いた。言葉は喋ってはくれなかったけど、入れてくれたんだから直接会って元気にしてやる。他の奴らみてえに泉を恋愛対象で見てなくたって、あいつに笑ってて欲しいのは俺も樺地も当たり前に一緒だ。だから泉、辛気くせえ顔なんて浮かべてんじゃねえぞ! |