「いつも此処でピアノ聞かせてたな、飽きもしねぇで」

「泉先輩といて退屈した事なんて一度もありません」

「…そうか」



ありもしない噂ばかりが飛び交う教室にいるのが嫌で、休憩時間に入るなりすぐに廊下に出るとそこには長太郎がいた。酷く情けない顔をしてるこいつを見て此処、音楽室に連れて来れば、それまで我慢していた何かが切れたように長太郎は椅子に座り込み頭を抱えた。

確かに今まで地味で通っていた女子が、突然俺達の年代ならほとんどが知ってるモデルと分かれば思わず人に話してしまう程驚くのは仕方がない。ましてや学校なんていう人が集まる場所にいれば尚更だ。でも、それでこれまでの朝倉の印象を覆したりデタラメを言う事に何の意味があるのか、俺には全く理解出来ない。



「教室で女子達が話してるのを聞いたんですけど、どうせ色仕掛けでもしてたんだろうねって、言ってました」

「言わせておけ、くだらねぇ」



不意に、それまで黙っていた長太郎が呟くくらいの小さな声で話し出す。



「俺、自分の事はどれだけ言われても構いません。でも泉先輩が悪く言われるのは耐え切れないんです」

「お前、そいつらに何かしたのか?」

「いいえ。でも、どうしても教室に居るのが苦痛になってつい勢いよく立ち上がったら、それだけで注目を浴びました。皆何か言い出すかな、怒るかな、って、そんな風に探るような視線を向けて来るんです」



その時の事を思い出しているのか、顔を上げた表情からいつもの穏和さは全く無い。一度話し始めたら止まらないのか、長太郎は堰を切ったように言葉を続けた。



「昨日からずっと考えてました。俺だったら良かったのにって、なんでよりによって泉先輩なんだろうって」

「んなもん全員思ってんだろ。でも、起こっちまった事を今とやかく言っても意味ねぇよ」

「それも分かってます、でも」

「なぁ、長太郎」



中学の頃よりはマシになったと思っていたのに、考え始めると永遠にネガティブになる短所は相変わらずみてぇだ。いつもなら喝でも入れて怒鳴ってる所だが、今のこいつにそれをすると更にへこみかねないのでその衝動をぐっと堪える。

こんな所に閉じ籠って見つからない答えを延々と探すのは、性分に合わねぇ。



「今俺達がしなきゃいけねぇのって、こんな事かよ」



核心をつかれたように目を見開いた後、そのまま視線は俺に向けられる。そうしてしばらく見つめ合っていると(なんか気持ち悪ぃな)長太郎は立ち上がり、一度深呼吸をした。



「違います、絶対に」



分かってんじゃねぇか。



***



「お邪魔しますよ」

「え、日吉?な、なんで?」

「こちらが聞きたいです。何サボってるんですか」



3時間目までは平然を装って授業を受けていた。だが、休み時間毎に泉先輩の話題で埋め尽くされる教室にとうとう嫌気がさして、不本意ながらも先輩方の教室を回った。きっと誰かに縋りたかったのかもしれない。コントロールが効かない自分に喝を入れてほしかったのかもしれない。我ながら情けない。

でも先輩方の教室を回っても一向に姿は見えなかった。席に鞄は置いてあっても当の本人が揃いも揃って見当たらない。そんな中、鞄も姿も見当たらない人が1人いた。それが芥川さんだ。余計なお世話かもしれないが、俺はこの人を1人にしたら危ない気がしたのでわざわざ家まで出向いたのだ。



「暇人だね、日吉」

「貴方に言われたくないです」

「そんな事ないし」

「語尾、いつもより伸びが悪いですよ。何無理にテンション上げようとしてるんですか」



俺の指摘が図星だったのか、芥川さんはそれっきり無理に浮かべていた笑顔をすっと消した。自由気ままに見えて意外と人前では明るく振る舞うようにしているのも、昔から一緒にいるのだからそれくらい見抜ける。とはいえ、今のこの人はそんな洞察力なんていらないくらい目に見えて空元気だが。



「なんか意外。日吉って俺の事面倒臭がってると思ってた」

「面倒ですよ。なんで授業サボッてまで此処に来ているのか、自分でもよくわかりません」

「ちょっと、今の俺にそんな棘のある言葉向けないでよー」



それまでソファに座ってた芥川さんは、そう言いながらゴロンとベッドに寝転がり若干汚れている羊の抱き枕を両手に抱いた。



「俺ね、泉に謝りたい。ちゃんと守ってあげれなくてごめんねって」

「そうですか」

「後、こうやって家に1人で居たのに矛盾してるけど、俺達がついてるから安心してって言ってあげたい」

「そうですか」

「言い出したらね、キリが無いんだよ」



その後も芥川さんは、まるで壊れ物を扱うかのようなゆっくりとした口調でつらつらと言葉を述べた。それのほとんどが泉先輩との他愛も無い思い出話で、一見今回の事に関係無いようにも思えるが、きっとこれもこの人には必要なのだろうと思い相槌もまともに打たずに勝手に喋らせておく。



「いつもそうだったよ。どれだけ自分が辛くても絶対俺達には見せようとしないんだ、バレバレなのに必死に隠してね、それがいつもちょっと寂しかった。だから、そんな必要無いよって言いたいんだ。泉に言いたい事、沢山あるんだよ、俺」



途中で鼻の詰まった声に変わると、抱き枕に顔を埋めそれ以上話すのを一度拒む。しかし結局抑えきれなくなったのか、もう既に涙声になってるにも関わらず芥川さんは一言だけはっきりと言った。



「俺、泉に会いたい」
 2/5 

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