「荒れとるなぁ」

「うるせぇ」



たちまち耳に入ってきた噂には、流石の俺でも度肝を抜かされた。

 朝倉泉はモデルのMiu。

俺達テニス部の間でしか認知しとらんかったそれは、今や廊下に出れば全員が噂しとる。心配して教室まで行けばジローは既に宍戸に抑えられとって、それなら俺は跡部をどうにかせなあかんと思い、此処、生徒会室まで来た。1人になりたい時に此処に来る習性は中学の頃からずっと健在やったみたいで、一発で探し当てられた事にとりあえずは肩を降ろす。



「いつかは来るかもしれへん、とは予想しとったけどな」

「俺は来るはずねぇと思ってた」



専用のでっかい椅子に座っとる跡部は、肘をついて頭を抱えながらそう答えた。いつもより何トーンも低い声を聞いて苦笑し、足元に散らばっとる花瓶を片付け始める。荒れすぎやろ。



「一端落ち着こか」

「落ち着くだと?」

「せや。こんな荒れた所で意味なんかあらへんで」

「じゃあどうしろっつーんだよ!」



俺の言葉が気に食わなかったんか、跡部は机を殴るなり急に詰め寄って来た。完全に頭に血が上っとるんか、その目は若干血走っとる。



「誰よりもこの状況を望んでいないのはあいつだ!あいつは誰よりも前の環境が幸せで仕方なかったんだよ!それが、何で一瞬で壊れなきゃならねぇんだよ、何で」

「跡部」



静かに名前を呼べば、段々と勢いが消えて行くのに加え、服を掴まれとった力も緩む。



「なんで自分が自分を責めとんねん、気張りや」



いつも岳人にやる要領で頭にポン、と手を乗せてみたけど、これは流石に払われてもうた。せやけどしばらくしてからか細い声で「サンキュ」と言われ、まぁお茶でも淹れよかと茶葉を探し始める。後ろから聞こえる泣き声には今は気付いとらんフリをしてやって、いつかなんか奢らせたろと心の中で決めた。お前が気張っとればそれだけで俺らも泉も安心するんやで、だってお前は王様やからなぁ。



***



「ねぇ、離してよ宍戸。いいじゃんちょっとくらい。別に殺す訳じゃないもん」

「今のお前ならそれもやりかねねぇから止めてんだよ」



ジローとは昔からずっと一緒にいるのに、こんな風に目が据わっているこいつは初めて見た。飛び込むように耳に入って来たあの噂を聞いた時、勿論跡部や朝倉の事も頭に浮かんだが、自分の立場から俺が行くべきなのはジローの元だと判断した。それで来てみればこのザマだ。どうやらクラスの女子が何か言ったらしいが、まさかここまでになるなんて本人含め誰も予想してなかっただろう。すっかり女子は怯えきっていて、男子も初めて見るジローの姿にビビッている。



「だってあのブス跡部と泉の事なんも知らない癖に勝手に喋って、すっげぇ不快」

「お前がこうする事で余計居心地悪くなるのは誰だ」



思わず本音が出たジローの言葉は流石にキツすぎる。そんな事を面と向かって、しかもジローに言われたのが相当ショックだったのか、何人かの女子はとうとう泣き始めた。かといって跡部と朝倉の事を言っていたというのなら、同情する余地は何処にもねぇが。

ジローも俺の言葉でようやく口を閉じたが、その怒りが収まる気配は一向に無い。そうしているうちにバタバタと慌ただしい音が廊下から聞こえて来て、俺の視線はそっちに向く。



「皆さん、大丈夫ですか!?」

「…じゃないみたいですね」

「学校中大騒ぎだよ」



駆けこんで来たのは長太郎、若、萩之介の3人だった。やっと来たかと思いジローを抑える力を緩めた瞬間、腕の中から奴が消えた。



「おいジロー!」



一直線に女子に向かって行くジローを見て、慌てて同じように床を蹴る。でもその前に机を飛び越えた若が奴を捕まえ、そのまま首元を叩き気絶させた。前々から古武術で一撃で気絶させられる技があるとは言っていたが、まさか今それ見る事になるとは思ってもいなかった。つーのはどういでもいい。



「安西さんから連絡が来て、今屋上にいるみたいです。行きましょう!」



ジローは若が背負い、長太郎の言葉で俺達は屋上に向かって走り始めた。最初に優先したのはジローだったが、あいつが今どんな顔をしてるのか一刻も早くこの目で確かめたい。そんな口では到底言えない事を思いながら、屋上までの距離を全力で走った。
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