「普段走らないんだから、無理しないの」 本気を出して泉を追いかければ、すぐにその距離は0となった。「追いつかれちゃった」と力なく笑う泉の息は荒くて、とりあえず落ち着かせる為に背中を叩いてあげるけど、息が整った所で泉の気分が良くなるはずもない。 「落ち着いた?」 「息はね」 自嘲気味に笑った泉を見て、またあの糞女への怒りが沸々と込み上げてくる。女の嫉妬であそこまで醜いものは初めてで、出来れば今すぐにでも色々やってやりたいけど今は泉が優先だ。とりあえず立ち話もなんだから私達は屋上に出向き、着くなりフェンスに背中を預け座った。 「バレちゃった」 その妙に明るい泉の声に、柄にもなく鼻の奥がツンとする。前の学校で変装しなかった事よりどれだけ居心地の悪い扱いを受けてきたか、私は前に聞いた事があった。転入したての頃、女子が何の見境も無くフレンドリーに話しかけてくれる事に対して大袈裟なくらい喜んでた事も知ってるし、変装する事で中身を見てくれているという確信が持てる本当の仲間が出来た、と照れながら話してたのも知ってる。 この子にとって、姿を偽る事は素の自分を出せる最大の機会だった。 「泉、大丈夫だから」 だから、私が守ってあげなきゃいけない。この子は強い。でも弱い部分だって勿論ある。だから、私が守る。何に変えても絶対に、この子を守りたい。 *** 教室はまだ騒がしくて、今さっき起こった事が未だに整理出来なくて頭がぼーっとする。跡部の事を追いかけようか迷ったけど、今の俺の状態で一緒に居ても余計混乱するだけだからやめておいた。ずっと伏せていた顔を上げて、窓の外を見ながら周りの声を耳に入れる。 「いやー、朝倉がMiuだったとはなぁ」 「でも言われてみれば、って感じじゃね?間近で見た事なんて数回しかねぇけど、確かに顔整ってるしよ」 「体育の時の足の綺麗さがハンパなかったのは覚えてる!」 話題は当たり前のように泉でいっぱいだ。今まで泉に見向きもしなかった男子がここぞとばかりに浮かれているのはムカつくけど、此処で何かを言う程俺も子供じゃない。 「でもさぁ何かショックだよねー。跡部君も結局は顔だったって事でしょ?」 その時、1人の女子の声が耳に入ってきた。いつも輪の中心にいる女子。俺はうるさくてあんま好きじゃない子。チラリとそっちに視線を向けてもどうやら俺の事は気にしてないみたいで、そのでかい口はまだベラベラ喋っている。 「だよね!地味な朝倉さんを大事にしてるってとこから跡部君のイメージもっと良くなってたのに」 「だから、最終的には美男美女じゃなきゃ格好がつかないんだって!朝倉さんだって自分が跡部君と釣り合う事くらい自覚してるだろうし」 お前らに何がわかるの。お前らが何を知ってるの。チラリと向けていた視線が完全のその女子達に定まって、意識も女子達の会話に集中する。 「割と色んな意味で裏切られた感あるよね」 「別に朝倉さんの事は嫌いじゃないけど、こうなると話は別かも」 「わざわざ地味な格好でいたなんてさぁ、完全にテニス部狙いだったのかな?」 「かもねー!ま、可愛かったら許されるんじゃない?」 「ねぇ」 気が付くと俺は声を出していて、そうすると女子達だけじゃなく皆が俺を見た。何人かがあ、やばい、って顔をしてるけど、確かに俺もそう思う。 「ちょっと黙れよ」 俺、やばいと思う。 |