悪夢の始まり

「何の、事?」

「ふーん、とぼけるんだ」



首筋に嫌な汗が伝う。ありえない、何を言っているんだ、と西野さんを非難するクラスメイトの声にも反応出来ず、ただただ彼女から目が離せない。



「テメェ、何訳の分かんない事言って」

「合宿で立海の切原赤也君が会った、男性2人組を覚えてない?」



景吾の言葉を遮ったそれを聞いて、更に頭の中が真っ白になる。カマをかけているのかと思った。でも、違う。彼女は全て知っている。



「あの片方、私の従兄弟なの。昨日久々に会ったんだよね。そうしたらモデルとヤれそうだったのにしくじったって言い出したから、まぁ暇潰し程度にその話を詳しく聞いてみたの」



忘れるはずがない。あれだけ赤也君を困惑させて、周りの皆も大騒ぎしたのだ。忘れられるはずがない。



「2人は、モデルの目撃情報があった場所にいた中学生くらいの男子にちょっと色々聞いてみたんだって。その後そいつにキレられてムカついたとか言ってたけど別にそれはどうでもよくて、その場所が何処だったのか聞いみたら、テニス部が合宿で使ってた所って言うじゃない」



侑士のファンでもある西野さんは熱狂的な部類に入るのか、テニス部に関する事は色々知っているようだった。それが此処では決定的な仇となっているのに、気付きたくない。



「時期も夏っていうし、だから私はその男子について詳しく聞いた。テニス部が関連してると思ったから。そしたら予想通り、ワカメみたいな頭に黄色いポロシャツ、テニスラケットを持ってて、キレたら目が真っ赤になって気味が悪かったって。合同合宿に参加していた学校で黄色のポロシャツがユニフォームといえば立海。ワカメ頭の赤目といえば、2年エースの切原赤也」



氷帝と立海はこれまでも公式戦で何度か戦っていると聞いた。西野さんはいつから侑士のファンだったのか。中学の頃からずっと見て来たのか。例え試合会場まで行ってても対戦選手まで覚えているものなのか。ただ立海が有名だから知っていたのか。それとも情報を聞いてから調べ直したのか。沢山の疑問が出て来ても、実際そんな事を考えても仕方ないのは分かっている。




「そして最後に、そのモデルについても聞いた」



香月が西野さんの胸倉を掴む。それでも彼女の笑顔は崩れない。足が竦む。隣に立って来た景吾が肩を抱いてくれる。でも、震えも冷汗も止まらない。



「今が旬のモデルのMiuちゃん、本名は朝倉泉でした!」



心底楽しそうに笑い始めた西野さんを直視出来ず、強く肩を抱いてくれていた景吾の腕も振り切って、香月とジローの叫ぶ声も無視して、私は逃げるように教室を飛び出た。笑い声がまだ響いている。鳴り止まない。鳴り止んでくれない。



***



「朝倉さんがMiu、ってマジ?」

「確かに絶対素は可愛いって噂になってたけどよ」

「でも、あの反応ならマジって事じゃね?」

「えーよく状況が掴めない」



駆け出す泉に続き香月も出て行った事により、その反応で色々悟ったクラスメイトは騒然としていた。そんな中跡部と芥川は西野を真正面から見据えており、今まで黙っていた口をゆっくりと開く。



「どういうつもりだ」



跡部のその一言で教室内は静まり返り、再び緊迫した雰囲気が漂う。



「そんな怖い顔しないでよ。別に本当の事を言ったまでじゃない」

「なんでそれをこの場で言う必要があったの?ていうか、お前何?」



いつもの語尾が伸びている間抜けた口調の芥川からは、今の彼は到底想像出来ない程静かで冷たい声だった。



「だってずるいじゃない。周りには貴方達を誘惑出来そうに無い容姿だからと安心させておいて、仮面を取ったら今大人気のモデルって、とんだ化けの皮でしょ。今までちやほやされてさぞかし良い気分だっただろうけど、そんなのずるい。公平じゃない。だから公平にしたの」

「お前馬鹿だろ」



興奮したように捲し立てた西野だったが、それも跡部の嘲笑により一蹴された。面と向かってそんな言葉を言われたのは初めてだったのか、彼女の顔は興奮と苛立ちで更に赤く染まる。



「お前、忍足のファンクラブらしいな」

「あの女が来てから侑士はおかしくなったの!だから目を覚まさせたくて」

「今侑士って言ったか?あんまり笑わせんじゃねぇよ、あいつが聞いても爆笑するぜ」

「なっ」

「別にお前が泉の事をどう思っていようがどうでも良い。俺達があいつと一緒にいるのは俺達の意志だ。俺達が誰と一緒にいるかを、他人以下のお前に決められる筋合いはねぇ」

「絶対おかしい!騙されてる!なんで跡部様ともあろう人が見抜けないの?あんな糞女いつか本性出して、後悔するのはあんた達でしょ!?」



文章が支離滅裂になっているのにも気に掛けていられないのか、西野はそう言って跡部に詰め寄った。至近距離まで彼女が近付いて来た事が不快だったのか、跡部は容赦なくその体を押し退ける。



「触んな。消え失せろ」



たった二言ではあったが、それらは西野の気力を削ぐには充分な効果を持っていた。見下される視線はどこまでも冷たく、今になって我に返り泳ぐ目を止められない。



「誰もお前に理解されようとも、ましてやお前と関わりたいとも思ってねぇから安心しろよ」




それだけを言い残し、跡部は西野から視線を外して教室から出て行った。芥川は無言で自席に座り、そのまま周りとの関係を断つように机に突っ伏し顔を腕の中に埋める。しばらく沈黙が続いた教室も1人が話し始めた事により彼女への非難が爆発し、結局彼女もまた逃げるようにそこから出て行った。例えるならば、負け犬そのものだ。
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