4

「これは厄介な事になるかもしれないですよ。ていうかなりますよ。どうするんですか?優さん」

「やべ、誤算」



香月と優は目を合わせ、心底困ったように顔を引き攣らせた。



「泉さんかーわーいーいー!」

「なーにーがー?」

「ぶっ」

「日吉に続き紳士もアウトか」



鼻を押さえて倒れこむ柳生を放置し、柳は冷静にいつも通りノートにデータを書き加えた。しかし泉がこうなる事は流石に予想してなかったのか、その書くスピードはいつもより凄まじく速い。



「泉泉!遊ぼ!」

「向日くーん、どうしたのー?」

「ずるいC!俺もー!」

「じゃあ皆であそぼー」

「…こらあかんわ」



特に氷帝は普段の大人しい泉をよく知っているからか、向日やジローのように興奮している者もいれば、忍足のように頭を押さえている者もいる。



「泉せんぱ、!?」



そこに鳳がいつものように暴走して泉の名を呼ぶと、なんと彼が行く前に彼女の方からその大きな体にタックルするように抱き着いた。腰にひしっ、とくっつく泉を見て、鳳は言葉にならない叫びを上げる。そうして抱き締め返す為に腕を回そうとした瞬間、



「はい、寝てようね」



後ろからスリッパが容赦無い勢いで叩きつけられ、元より足元が覚束なかった鳳はそのままソファにダイブし眠りに入った。犯人は今も尚笑顔を浮かべている幸村で、鳳が倒れると同時にちゃっかり泉を自分の中に引き寄せる。



「どうしたの、もしかしてヤキモチー?」

「うん、そうだよ」

「せーいちヤキモチ!」

「名前みたいに言わないでくれるかな」



独特すぎるペースには幸村も若干困ったように笑っている。ちなみに今の2人の体勢は、立ち膝状態の幸村を床に座っている泉が見上げているといった感じで、中々顔の距離が近い。

そんな時、幸村はとんでもない行動に出た。



「え、嘘」



は、と主に氷帝側から声が上がり、騒がしい室内が一瞬沈黙に包まれる。眼鏡を取り上げた幸村本人も驚きで目を丸くしており、誰もが状況を把握出来ずにいる中、1番早く我に返った跡部が顔を押さえ込むようにして泉を抱きしめた。



「そっか、そういう事だったんだ。これはやられたなぁ」



が、時既に遅し。全てを察した幸村は苦笑し、参った、とでも言いたげに片手で顔を覆った。更にはどうやら彼女の素顔を見たのは幸村だけではなく、丸井、柳生、ジャッカル、つまり泉の正体を知らなかった者全員が見てしまったようで、彼らは見事に硬直している。



「む?どうしたお前達」

「弦一郎黙れ」



そんな中、空気の読めない真田は泉の素顔を見てもピンとこなかったようで、1人キョトンとした表情を浮かべている。ファッションだとかそういう事に関しては滅法疎い彼からすると妥当な反応かも知れないが、今それに周りが構っている余裕はない。



「はぁ!?マジで!?」



しばらくして沈黙を破ったのは丸井で、彼は立ち上がり大声で叫んだ。



「俺、会ったじゃん!あの撮影の時!え、何、え?赤也お前知ってた!?」

「…合宿の時に聞き出しちまいました」

「…マジかよ」



それから丸井は食い入るように暑いと言って跡部の体から離れた泉の顔を見つめ始めた。初めて知った者達は未だに魂が抜けたような顔をしているが、氷帝、立海一部、そして優は既に諦めモードだ。



「本当、君には驚かされてばかりだよ」

「あれ、私眼鏡かけてなかったの?もー勝手に取らないでよー」



幼児のように拗ねた泉を見て、幸村も何も言い返す気にならず素直に彼女に眼鏡をかけてやった。するとその表情はたちまち笑顔になり、


「ありがとう!」



酔い任せとはよく言うもので、そのまま彼の頬にチュと可愛らしいリップ音を立てキスをした。周りが絶叫するのは勿論、幸村も「ごちそうさま」と余裕をふかせてみるが、目元を腕で隠しそのまま後ろに寝転ぶ始末だ。今冷静でいれているものなど香月と優くらいで、その騒がしさに2人はやはりこめかみを抑える。そんな2人の様子に気付いたのか、泉は「あ!」と声を上げると強引の2人の間に座り込んだ。



「どうして2人共呆れてるのー」

「そりゃあこうもなるわよあんた見てたら」

「俺何処でこいつの教育間違えたんだろ」

「でも優兄、皆良い人でしょ?香月も楽しいよね?」


とはいえ泉にそう言われては2人も否定など出来ない。ちらりと目を合わせ軽く笑った後、2人は彼女の頭をわしゃわしゃと撫で、各々共通の弱点を持っている事に変な連帯感が生まれているようだった。
 4/6 

bkm main home
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -