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「あぁ、その話かぁ」



しかし、その様に焦る彼らを余所に当の本人はキョトンとしていた。



「いきなり何故その話なんですか」

「ん?前々から聞きたかったしアンタらも気になってるかなーと思って」



代表して日吉が軽く咳払いをしながら問いかけると、香月からはそんな言葉が返って来た。すると彼らは一斉に押し黙り、そのあまりにもわかりやすい反応に香月は苦笑する。



「んーじゃあまず手始めに。何人と付き合った?」

「え?1人だよ」

「マジでっ!?」

「あははーやっぱ少ないよね」



芥川の驚きの声にケラケラと笑う泉だが、とても嘘のようには聞こえない。彼らはその意外な数字に驚きを隠せなかった。



「…じゃあよ、そいつのことが激好きだった、とかか?」

「うーん…そういうわけではないかなぁ」

「と、いうと?」



滝の切り返しに若干困ったような顔をしながら、泉はポツリポツリと話し始めた。



「んーと、私がモデル業界に入ったの赤ちゃんの頃なんだ?」

「ベビーモデルっちゅーやつやな」

「そうそう。それからキッズモデルで…で、中3くらいでもう大人向けの雑誌に出るようになったの」



泉のモデルの経歴を聞き、彼らは確かに大人びているから妥当だろう、と思った。



「まぁそれで大人に着いていこうと1番必死な時代だったから、忙しくて付き合うとか眼中に無かったっていうのもあるし」

「あるC?」

「何より、やっぱ特別扱い的な感じがして居心地悪かった。皆好奇心で近寄ってくる人がほとんどだったし」



“氷帝男子テニス部”というだけで近寄ってきて、何かと騒ぐ女子が今現在でもいる彼らだからこそ、その気持ちは充分に理解出来た。



「それで高校に入ったんだけど、実は前の高校はそういう業界の人ばっかりが通う高校だったの」

「芸能科、とかか」

「そんな感じ。だから特別扱いとかなかったし、悩みも共存しあえる事が多くてー…その時1人の男の子に告白されたんだよね」

「まぁその容姿と内面やったらいくらでも男は寄ってくるわ」

「いやいや。それで、仲良かったし普通に話してて楽しかったからOKしたんだけど」



いつの間にか食べる手を止め、全員が食い入るように泉の話を聞いていた。



「じゃあさ、どんぐらい続いたんだよー?」



向日だけは依然として食べ続けているが。



「…3ヶ月くらい?」



そして、そのまたもや意外な数字に彼らは再び驚いた。



「ま、まぁ本気で好きってわけじゃなかったんだしな…」

「聞いてえぇかわからんけど何で別れたん?」



動揺している宍戸の言葉を遮り忍足が問いかけると、泉は言いにくそうに口を開いた。



「…進展するのが嫌だったから」

「俺の先輩に触れるなんてぇえーーー!!!」

「黙れ」



普段そういった話を自ら切り出さない泉にとって、その理由は恐らく口にはあまり出したくなかったのだろう。加えて、鳳が暴れ出すのも目に見えていた事と考えれば尚更だ。



「進展ー?」

「うん。いや、今思えば本当にそれほど好きじゃなかったからって話なんだけど。カラオケ行った時に2人きりになった瞬間いきなり押し倒されて、その時の彼の目がまるで別人で、うん。一瞬で冷めちゃった」

「場を弁えられない男にロクなのはいねぇよ」

「景吾の言う通りねー。で、そのまま別れちゃったと」



そこまで泉が話し終えると、何故かその場には沈黙が走った。



「でもよー、それから結構告られたりしただろ?」



その沈黙を遮るように再び明るく質問したのは向日だ。泉に恋愛感情を持っていない彼だからこそ気軽に聞けるのだろうが、あまりそれについて深く触れられたくないのか、泉の受け答える態度は終始控えめだ。自分の事をあまり話す機会が無い分、問い詰められるのには慣れてないのが一目で分かる。



「でもでもー、泉から好きになるとかはなかったのー?」

「うーん…良い人だなぁっていうのはあったけど、それ以上の気持ちっていうのがよくわかんなくて。結局曖昧なままこっちに来ちゃったんだよね」

「離れてから気付いた、とかはなかったの?」

「残念ながら」



だから、結局本当に好きっていう気持ちがわからないままなんだよね、と小さく呟くと泉はご飯を食べ始めた。



「まぁ、これからっていうのも充分ありえるしね」



彼女が意識をご飯に向けたのを良い事に、香月が面白がるようにそんな事を言う。それに対する反応は様々だったが、そんな彼らの表情に当の本人が気付くはずはない。



「そうだと良いねー。私の事より皆はどうなの?」

「あー、それなりにはな。経験してるつもりやけど」

「やっぱそうだよねー。私達もうこんな歳だもんね。今好きな子とかいないの?」

「先輩です」

「即答すんな」



鳳の頭に日吉の容赦ない平手が飛ぶ。



「でもさー、俺達はそれなりに女の子の事で悩んだりとかあったけど、あとべがそうなってるの見た事ないC」



そこで新たな話題を切り出したのは芥川で、どうやら方向性は恋愛話に絞られたようだ。彼の発言で周囲は盛り上がり始めるが、話題の中心人物である跡部はまるで興味無さげにその光景を見ている。



「それわかるぜ!付き合っててもどっか距離置いてる感バリバリだったよなー」

「アーン?」

「確かに、素は絶対に見せようとしなかったよね。だから相手にも深入りしてなかったし」

「もしかして景吾も本気の恋知らない感じ?」



泉が問いかけると、彼らはどこか気まずそうな視線を跡部に送った。その視線の理由は1つしかないが、跡部はその質問に動揺せず何食わぬ顔で



「記憶上はな。今はわからねぇが」



と、上手く交わした。



「わー、意味深」

「気にすんな」

「…激鈍感」

「ウス」

「今に始まった事じゃないでしょ」



そうしている間に全員が昼食を食べ終わり昼休み終了5分前となったので、各々教室に戻る為腰を上げ屋上を後にした。泉の過去を聞いた彼らは、一体何を思ったのだろうか。それは、彼らにしか分からない。
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