「本当にごめんなさい」



葛西が去るなり深々と頭を下げた泉に、彼らは顔を上げろと言いたいのは山々だったが、それでは彼女自身が納得しないと分かっているのであえて何も言わない。



「私1人じゃきっと何も出来なくて、皆がいなかったら確実に1人でずっと泣いてた」



ようやく顔を上げた矢先に言われた例えは想像するだけでも嫌気がさして、それには流石に芥川が一歩踏み出し、彼女の唇を人差し指で塞ぐ。情けない表情を見て泉も自分の言った事に気付き、同じように眉を下げて微笑む。

何はともあれ、これで本当に全てが終わったのだ。1週間前よりも更に大きな安心感が押し寄せてきた彼らの中には、脱力してその場に座り込む者までいた。



「にしても跡部は、やっぱり完全な悪者にはなれないタイプだよね。アニメとかだと、最終的に主人公の仲間になるタイプ」

「何が言いたい」

「俺だったらもう一度考えてみろ、なんて殊勝な事言えないもん。その場で突き離しちゃうよ」



千石の真剣な揶揄を聞いて、他の者も先程の跡部の言葉を思い出す。

 自分が一体何をしてきたのか、今一度自分の胸に聞いてみるんだな。

葛西を許す気は露程もない。それは何があっても引っくり返る事は無い事実だが、同じ過ちを繰り返されるくらいなら此処で気付かせた方がマシだと思い跡部はああ言ったのだ。それを殊勝などと言われてはどこか居た堪れなく、彼はバツが悪そうな顔を浮かべる。葛西の為にではなく、全ては泉と自分の為に言った言葉に感心される筋合いは無い。



「まあ、お前はそうやって意味分かんないっていう風に顔を顰めるからこそ良いんじゃないの」

「どういう意味だ」

「景ちゃん流石やなぁ」

「だから何がだ!」



千石とは違い、完全におふざけの揶揄を入れてきた滝と忍足には容赦なく噛みつく。しかし周りは楽しそうに笑うので跡部は更に肩身が狭くなり、諦めたように静かになった。



「お前のそれに救われる奴だっているし、そう怒んなよ」

「俺も思います!」

「わかったから、もうそれ以上何も言うな。黙れ」



昔レギュラー落ちした時に跡部にチャンスを貰った宍戸、それを1番近くで見てきた鳳に言われては、覚えがあるだけに恥ずかしさが増す。だからシッシと遠ざけるように手を振ると、芥川は彼のその意とは真逆に思い切り抱き着いた。緊迫していた雰囲気が、見る見るうちに解けていく。



「どの人も落ち着きが無いですね」

「何自分は冷静ですみてえな顔してんだよ、このこのー」

「やめて下さい向日さん」



葛西と対面した時に跡部が直接出したのは泉の話だけだったが、これを見れば彼らにも被害を及ぼした事をどれだけ怒っていたかが容易にわかるだろう。それは彼らも勿論自覚しているが、言葉にするのはお互い気恥ずかしいのでふざける事で誤魔化す。



「何こいつら、馬鹿みたい」

「全くだ。帰るぞ千石」

「えー!もう帰るのー!」

「そうだよ、どうせならもうちょっと居ようよ」



呆れながも口元は緩んでいる香月に亜久津が返事をし、千石が駄々を捏ね、泉が引き止め。それを見ていつまでも此処に立ち往生している訳にもいかないと判断した跡部は、「お前ら行くぞ」の一言で森林公園から抜け出す為歩き始めた。



「景気付けだ」



すっかり仲良くなって名前を呼び合っている千石と泉には内心複雑だが、焼肉屋の目の前に着くなり歓声を上げた彼らによってそれはどうでも良くなった。

自分が彼女にこの気持ちを抱いている以上、いつまでもこの生温い関係が続くとははっきり言い切れない。それでも今は、せめてこのままで。他の者から離れ自分の隣に来て、極上の笑顔で一言言い放った彼女の頭を、跡部はいつものように優しく撫でた。



「ありがとう、景吾」
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