「やってるねえ」



口笛でも吹きそうな勢いで言った千石だが、実際その表情に笑顔は見られない。それは他の者も一緒で、煙草に火をつけ興味無さげに振る舞っている亜久津でさえも、視線はしっかりと跡部に向いている。



「鼠じゃねえんだからあんまりちょこまか逃げ回ってんじゃねーよ」



着実に距離を詰めていく跡部に反して葛西はジリジリと後ずさっていく。しばらくするとそれも無駄な行為だと気付いたのか、彼は反動をつけて跡部に飛び掛かった。が、勿論そんな子供騙しなど効くはずもなく、瞬時に突き出した拳をとられる。



「やっと再会出来て嬉しいのはわかるが、これはお前が俺にやる事じゃねえだろ」



楽しそうに口角をあげたかと思えば次の瞬間拳を離され、それによってよろけた所を真正面から思い切り殴られる。一瞬何が起こったのか理解出来なかった葛西も、後からやってくる痛みは感じざるを得なかったのか、地面に尻持ちをついたまま頬を抑え跡部を睨み上げた。滝と交わした殴るのは一発のみという約束は守るつもりのようで、これ以上実力行使に出る気配は見られない。しかし、先程から纏われている殺気は消えるどころか更に澱みを増していた。



「あれ近付いたら私達まで殺されるんじゃないの」

「同感やな」



香月と忍足の会話に答える者はいない。



「よくも、よくも邪魔してくれたな」

「あぁ邪魔してやるよ。今回だけじゃなくて、お前がこれからもあいつに関わろうとするなら全力で邪魔してやるよ」



立ち上がった葛西は跡部の背丈を優に越しているが、どちらが劣勢かなど一目瞭然だった。蛇に睨まれた蛙、狼の群れに放り込まれた子羊、例えはいくらでもある。



「お前らさえいなければ僕は今頃」

「泉と一緒になれてたってか。寝言は寝てから言うんだな」



吐き出す言葉全てを遮られても尚、ブツブツと呟く事を止めはしない。そんな葛西にいい加減痺れが来たのか、跡部はフと口角を下げ、無表情に変えた。



「そんなんだからいつまで経ってもてめーは独りなんだよ」



まるで葛西の事を知っているような口振りに、遠巻きに見守っていたメンバーはどういう事かと目を合わせる。言われた張本人も最初は怪訝に顔を顰めていたが、思い当たる節があるのか途端にハッと息を呑んだ。



「陸上部のエースだったにも関わらず記録が悪いクラブメイトは徹底的に潰し回った、なんて大した度胸じゃねえか。しばらくして返り討ちに遭ってそんな足にさせられちまったのは無様だけどな」



それは葛西が中等部の頃の話で、蘇る記憶に彼は小刻みに体を震わせる。跡部も人の弱味をダシにするのが目的な訳では無いので、区切りを付ける為に一度息を吐き話題を変えた。



「そんな奴に俺達の事がわかるはずねえよな」

「役立たずを消そうとして何が悪い!強い奴だけが残ればいいんだ!」

「じゃあその結果お前は何処に残ったんだ?」



つっかえつっかえながらも言った反論は、即座に核心をついた質問で封じられた。

―――中学3年、最後の大会目前。その時に足が使い物にならなくなって以来、葛西は部活はおろか学校にも行かなくなった。かなりスローペースで行っていたリハビリの為に病院に行くか、はたまた自宅の自室に引きこもるかの毎日。その中で元より捻くれていた葛西の人格はより堕ちていき、高校からは何とか学校に復帰したものの、かつて陸上部で活躍していた彼の姿を連想する者は誰もいなかった。

肥えるに肥えた体。中途半端にリハビリを終わらせたせいで未だ痛む足。誰も自分を見ない。誰も自分に興味を持たない。そんな自分が今何処に残っているかなど、改めて考えずとも明確だった。



「自分が一体何をしてきたのか、今一度自分の胸に聞いてみるんだな」



バタバタと駆けてくる音が聞こえ、ちらりと目を向ければそこには泉と日吉がいた。

何の楽しみもなかった中で唯一見つけた泉は、葛西にとって希望の光のようなものだった。だから縋りたくなって、すぐ近くにいる気分になって、自分のものになったような気分になって。しかしそれが全て幻覚だったと気付いた今、彼の目に映る泉は酷く濁って見えた。

跡部の言葉に自分が頷いたのかはよく分からない。自然と足は彼らと逆方向に向いており、巨漢なはずである葛西の背中はとても小さく見えた。

全てが色んな意味で終わった。葛西の頭には、その言葉しか残されていなかった。
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