成程そういう事か、とこんな状況にも関わらず心の中で思わず感心する。

何故跡部部長が自分とではなく、わざわざ俺と泉先輩を組ませたのか最初はよくわからなかったが、走っている途中でようやく気付いた。跡部部長が行けと指示したこの道は、駅前通りの中でも1番人通りが少ない道だ。普通逃げる時は人通りの多い道に入って、追いかけてくる者を混乱に導くパターンが多い。だから、跡部部長があえてこの道を俺達に促した理由といえば、そんなもの1つしかない。1番安全な道に泉先輩を行かせ、自分は遭遇する可能性が最も高い道に行ったのだ。

そこまで考えて、やはりあの人にはまだ適いそうにないと素直に頭が下がった。先輩に対する気持ちは一緒にしても、あの騒然とした状況で冷静に、1番適切な判断を下せられるかと問われれば、正直自信は無い。



「無理しないで下さい、ペースちゃんと合わせますから」

「ごめんね、足手まといだったら先に行っていいから」

「そんな事する訳ないでしょう」



跡部部長に任されたからというのもあるが、それ以上に俺自身がこの人の隣にいたいと思う。だから引っ手繰るようにその小さな右手を掴めば、一瞬驚きこそはされたものの特に拒否もされなかったのでそのまま走り続ける。

ありがとう。小さな声で消え入るような礼が耳に入り、答える余裕は無かったが更に手に力を込める事だけはしておいた。



***



「俺、やっぱり跡部は素直に凄いと思うよ」

「何の事だ」

「とぼけちゃって」



茶目っ気たっぷりに揶揄して来た滝は、俺がさっき下した判断の真相など当たり前に見抜いているんだろう。それにわざわざ乗っかってやる気も無いので、奴には一瞥もくれずにただ前を見て走る。



「日吉に任せれば安心だもんね。後はお前の好きな通りにやれば良いと思うよ」



さっき泉といた時は、こいつの傍から離れるくらいなら葛西など他の奴らに任せれば良いと考えていた。だがいざ奴を目前にするとやはり自分が1番にぶん殴ってやりたいという気持ちが膨らみ、結局泉を日吉に任せる事で俺は自分のエゴを優先した。そんな俺を滝は否定せずにむしろ背中を押してくれたので、今ばかりは奴の優しさに甘える。



「でも一発で終わらせてね」

「わかってる」



自分の立場を理解出来ない程周りが見えていなくもないので、それにも素直に頷く。そうして千石が言っていた駅前通り沿いに差し掛かった所で、俺達の間に会話は無くなった。こいつをペアに選んだ事に、やはり寸分の狂いも無い。



***



閑静な住宅街で忘れもしない奴の姿を見つけたのは、授業を抜け出して街中に向かっていた最中の事だった。亜久津も一目見ただけですぐに気付いて、それから俺達は伴爺が見たらビックリするに違いない程の瞬発力でスタートダッシュを切った。

なのに、何故か葛西との距離は一向に縮まらない。そこらへんの奴よりか脚力に自信がある俺達が、まさかあいつなんかに負けるはずは無いと思っていた。



「あの図体はフェイクか」

「俺が聞きたいね」



結局通りに出るにつれて増えて来た人波に飲まれ、間もなくして奴の姿を見失ってしまう。そうなるとがむしゃらに走っても無駄に体力を消耗するだけなので、俺達は一度立ち止まり乱れた呼吸を整え始めた。



「まぁ、何の役にも立たなかったって訳じゃないだけ良いけど」

「煮え切らねぇ」



最初のうちに跡部に電話をいれといたから、今頃あいつらは奴を死に物狂いで探し回っているだろう。それなら実際、俺達は事が落ち着いたのを見計らって合流すれば良い話だ。でもそれは亜久津の言う通り確かに煮え切らないというか、その間何もしないで待っているというのがどうにも無理そうだった。



「やっぱり行こうか」



俺の誘いに亜久津は一度鼻で笑った後、なんだかんだ追い抜かして走り去った。その背中を見て俺も鼻で笑ってやってから、同じように速度を上げる。君の為に出来る事が待つ事だけなんて、そんなのは情けなさすぎるでしょ。なんていうちょっとクサイ本心は口には出さない。
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