「いなくなっただと?」



目の前で委縮している篠崎にそう問うが、やはり返って来た答えは一緒だった。



「うん。朝一で来て荷物まとめて帰って行ったって、朝練があった陸上部員が言ってたの」

「生徒指導も受けてねえって事か」

「多分そうだと思う」



そこまで話すと、俺の口からは自然に盛大な舌打ちがもれた。それに篠崎は更に肩を縮こませるが、正直今気遣ってやれる余裕は無いのでせめて視線だけ逸らす。この調子じゃ、ジャーマンアイリスの花言葉を思い出してからカッと頭に昇った血は、一向に下がりそうにない。

どうしてくれよう、と今後の策を練っていると、バタバタと数人分の足音が聞こえて来た。それが誰かは振り向かなくても分かるので、思案を中断する事はせずに顎に手を当てる。



「どうする?あの変態」



到着するなり開口一番そう言った香月に、いよいよ篠崎の顔が引き攣った。それに気付いた泉が隣に立ち、気にするなとでもいう風に肩を叩く。ジローも鋭い目で俺の言葉を待っていて、その様子から充分に苛立っている事が伝わって来た。



「クラスの人達は葛西君が逃げた事に何も言ってないの?」

「元々居ても居なくても変わらない存在だったから、最初は一応話題になったけど1週間経った今じゃさっぱり。今日退学した事すら知らない人もいると思う」



あまりにも侘しい幕引きだが、そこを懸念してやる謂れは無い。実際、葛西の退学に1週間もの猶予があったのはそれが狙いだったのだろう。生徒達の話題性が無くなった頃にひっそりと退学させ、その後も何事も無かったかのように振る舞う。氷帝の教師は、というより大人というのはそういうもので、臭い物に蓋を被せて行かなければいずれ処置不能となってしまう事を恐れているのだ。今も尚動き出そうとしていない教師を見て、それは充分に分かり切っている。

だから俺達は、自分達の事は自分達だけでどうにかすると決めた。



「仕切り直しだ。戻るぞ」



今これから葛西を探しに駆けずり回っても仕方ない。奴が校内にいないと分かってる以上、また違うやり方を考えなければならなかった。

そうして3人を引き連れて篠崎の元を去る。他クラスの教師達はHRが始まっているにも関わらず廊下に出ている俺達に何か言いたげだったが、意味も無く廊下に出ている訳ではない事は知っているのか、結局一瞥をくれるだけで何も言って来なかった。ほらな。



***



そして放課後。コート整備で部活が休みだというので、私達は今テニス部の部室に集合している。まだ全員は揃っていなくて室内は静かだ。



「紅茶でも淹れて来るね」

「あ、俺も手伝います!」



沈黙を破るように席を立てば鳳君も着いて来てくれて、そのまま2人で隣の部屋に移動する。たかだか一部活の部室なのに沢山の茶葉が用意されていて、私達は束の間の休息を楽しむようにどれにしようかと話し始めた。



「分かってはいましたが、先生方は協力的じゃないみたいですね」



コポコポと音を立て始めたケトルを見ながら、鳳君は口を開く。



「そうだね。やっぱり保身が先立っちゃうのは仕方ないのかも」

「でも俺は悔しいです」



これまで会った人は皆協力的だったからか、1番近くにいるはずの大人に突っ撥ねられるのは中々やるせなかった。顧問である榊先生は唯一心配してくれたみたいだけど、それでも解決策がある訳では無い。もっともその辺は景吾が自分から遠慮したと言った方が正しい。



「うん、私も悔しいし、正直言っちゃうとちょっと腹が立つ」

「はい」

「本当はこんな感情あんまり見せたくないんだけどなぁ」



昨日の寝る前に似たような感情がまた沸き出てくるのを感じて、思わず鳳君から顔を背ける。でも彼はすぐに私の腕を掴んで、真正面からその芯が通った目を向けて来た。



「完全に綺麗な人なんていないです。俺は逆に、先輩がそういう汚い部分も見せてくれて嬉しいです。だから我慢しないで、ちゃんと吐き出して下さい」



その言葉は、普段から何でも口に出せる景吾や日吉君のような人じゃなくて、鳳君が言うからこそ説得力があった。あまり反対意見を言わない彼が初めて本音を言う大切さを知った時、きっと色々と割り切るのに苦労したんだろう。その手伝いをしたのは正反対の宍戸君なんだろうな、とまで勝手に想像して、ちょっと心が暖かくなる。



「じゃあその時はよろしくね」



勿論です!と満足げに微笑まれ、そこで全員分の紅茶を淹れ終えたので私達はおぼんを持って元の部屋に戻る。心なしか気分は晴れていて、鳳君と一緒に決めた茶葉も大当たりだった。
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