時は過ぎ、昼休み。



「泉ー!」

「また来たわよ変態」

「もうほっとけ」

「しつこいCー」



忍足が昼食時に泉の元へ来るのは既に恒例化しつつあるようで、それに3人のブーイングが飛んでくるのもお約束だ。中々冷たいあしらいに泉はまぁまぁ、と苦笑しながら宥めるが、一向に良くなる気配は見られない。

と、そんな時だった。



「侑士邪魔!」

「なっ、岳人!?」

「へ?」



どうやら今日からはまた別の人物も加わったらしい。派手にドアを開けてズカズカと入り込んで来たのは、先日泉と接触を交わしたばかりの向日だった。突然の訪問者に泉は勿論、吹き飛ばされた忍足含め周りの者は全員呆気にとられている。



「泉ー!飯食おうぜ!」

「あははー…」

「アンタどんだけ手懐けてるのよ」

「がっくんまでー!?」

「…何なんだお前ら」



何がそこまで彼らを惹きつけるのか、当の本人は知る由も無いだろう。逆にそれを充分に知っている者達は、その状況を見て頭を抱えた。



「泉先輩っ!」

「何で俺まで…」

「こっちの台詞です」



更にはそこに鳳、宍戸、日吉も揃い、その場は一気に賑やかになった。そんな風にテニス部レギュラーが集まったせいで教室は黄色い声援に包まれ、堪忍袋の緒が切れた跡部は1人先陣を切って屋上へ向かった。「さっさと俺様に着いてこい!」当たり前のように他の者達もだらだらと歩きだす。



「で、結局こうなるわけねー」

「この環境に慣れないとダメだよねーそうだよねーあははー」

「泉が壊れたー!」

「なんやて!?」



ついに壊れたロボットのように乾いた笑いをこぼしはじめた泉に、まず芥川と忍足が真っ先に反応する。



「クソクソ侑士っ!引っ込んでろ!」

「泉せんぱぁいっ!?大丈夫ですか!?」



そして向日、勿論鳳も忘れてはいけない。



「大袈裟すぎだろ、激ダサ」

「凄く喧しいんですが」



宍戸と日吉はその光景を客観的に眺め、呆れたように盛大な溜息を吐く。泉もその溜息に賛同したい気持ちは山々だが、しつこくくっついてくる彼らの前ではそれをする暇すらない。



「あ、そうえば泉。俺のこと名前で呼んでや?」

「う、うん」



忍足の言葉にはほぼヤケクソで返し、ようやく香月が彼らを引っぺがしてくれたので大きく肩を回し体をならす。そこで泉はふと周りに目を向けてみた。

自分の憂鬱そうな表情とは逆に、彼らは揃いも揃って笑顔だ。しかもそれらは全て自分に向けられている。最初はどう反応すればいいか困ったものの、次第にそんな事を考えるのすらどうでもよくなってきた泉は、何かを堪えかねたように噴き出すように笑った。



「贅沢はいけない、って事なのかな」



平凡と楽しさ、両方を同じだけ手に入れるのは難しいという事は、転入して来てからのこの数日で充分に思い知った。しかし、得られたのが例え片方だけとしても、それをどう取るかは自分の考え方次第で変わってくる。



「何が贅沢ー?」

「何でもないよ」

「隠し事ですか!?先輩、俺に隠し事ですか!?」

「もう黙れお前」



泉はそんな考えを頭の片隅に置き、風が吹き抜ける屋上で大きく深呼吸をした。澄んだ空気が彼女の体内に入って行った。



***



「朝倉泉ちゃんかぁ」

「…いきなり何だ」

「別に?皆会ってるのに俺だけ会ってないなーと思ってさ」



放課後、テニスコート。

跡部は彼の発言と笑みによからぬ予感を抱き、出来れば会って欲しくねぇなと心の中で呟いた。しかしその瞬間に見透かされたように跡部?とにっこり笑いながら顔を覗き込まれたので、冷や汗を流しつつ逃げるように部活を始める。その様子を見て彼はやはり怪しく微笑んだ。その中性的なオーラは普段は優しいものに思えるが、こういった状況ではそうはなり得なかった。



「じゃあお手並み拝見といこうかな、朝倉さん」



1人の男が、また新たに泉に近付こうとしている。



「───へっくしゅん!」



そんな事は当の本人は露知らず、1人鼻をすすっていた。
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