「ど、どういう事?」 ようやく泣き止んだ所で部屋を出ると、私の目にはおんおんと泣いているジロー、向日君、鳳君の姿が入った。他の皆はそれを苦笑しながら見ていて、唐突な事態に戸惑いを隠せない。 「泉泉泉ー!」 「この馬鹿やろー!」 「泉先輩ー!」 かと思えばまとめてガバッと抱き着かれ、一気に視界が狭まる。そんな中隣にいる香月だけはなんとか見えたので目を向ければ、楽しげに笑った後に人差し指で頬を突かれた。 「モテる女は辛いねーこのこのー」 いやいやいや!と反論するのもままならぬまま、次は逆隣から名前を呼ばれる。その凛とした声で空気が一変して、3人も気付いてか渋々ではあったけど離れて行った。 背筋が伸びて、ちょっと体が強張る。 「あんだけ泣けば全部聞こえてたに決まってんだろーが」 かと思えば、景吾から言われたのはそんな言葉だった。想像していたのとは違うデリカシーの欠片も無い言葉に、思わず肩がガクッと落ちる。 でも、それでこの3人が泣いている理由がやっと分かった。多分、貰い泣きというやつだ。 「先輩があの男に襲われかけてたって事考えたら、辛くて、腹が立って、堪らないです」 涙ながらに言う鳳君の表情はとても悲痛で、そんな顔をさせてしまった事に薄れていた罪悪感がまた濃くなる。更には同じようにジローと向日君も辛そうな表情を浮かべるものだから、止まっていた涙が再び溢れ出て来た。頑張って押し殺していた感情に、3人の気持ちが痛い程胸に突き刺さる。 泣き虫だなんだと言いつつ結局香月が抱き締めてくれて、今日で何日分泣いたかな、とくだらない事を考える。でも、そんな風に思える余裕があるだけ幸せなんだろう。 *** 「何だこの空気は」 湿っぽい空気とはどうしても相容れないのか、亜久津は今にも煙草を吸いだしそうな勢いで愚痴を言った。さっきも吸おうとしたんだけど、当たり前に跡部に怒られたから仕方なく今は我慢してる。亜久津が我慢するだけ珍しいけどねえ。 まあまあと宥めるものの眉間の皺は増える一方。でも、俺は逆にこの空気を利用して氷帝の皆を観察していた。特に跡部なんか見た事も無いような表情で泉ちゃんの事を見ていて、その眼差しにはなんだかこっちが恥ずかしくなっちゃう。 「でも俺、あの子なんっか見覚えあるんだよね」 そこでさっき助けた時から気になってた事を言うと、亜久津も同じく思っていたのか無言で泉ちゃんに目を向けた。近くに立っている日吉君がジロリと視線を送って来たのを感じ、やっぱりなんかあるんだと勘付く。 スカートも長ければ髪型もいまいちだし、滝君が犯人から取り上げた眼鏡も似合わなさすぎる。でも、外すと確かに顔立ちは整っていた。もう一度その素顔が見たいけどこの状況でやると全員から殺されそうなので、黙って遠巻きから見つめるだけにする。 「あんた達が助けてくれたんだってね。ありがとう」 「香月ちゃんだー!相変わらず美人だねー!」 「気安く名前を呼ぶな」 そうしていると、泉ちゃんを跡部にバトンタッチした香月ちゃんが近寄って来た。香月ちゃんを初めて見たのは確か去年の夏で、それこそ跡部と歩いている所を話しかけたんだけど、呆気なく玉砕したのは中々辛かったなぁなんて。 それを機に氷帝の意識が俺達に向いて、こいつらには似合わないお礼を口々に言われる。え、どうしたの揃いも揃ってそんな柔らかくなっちゃって。俺でも違和感を持ったんだから、亜久津に至っては気持ち悪いとでも言いたげな顔をしていた。あはは、俺ら失礼ー。 「あの、本当にありがとうございました」 続いて張本人の泉ちゃんも近寄って来て、俺は全然大丈夫だよと返事をすると同時に、間近でその顔を改めて観察し始めた。うーん、やっぱり見た事ある。そう考えているのを悟られないようにお得意のトークを広げていると、不意に亜久津が前に乗り出してきた。あまり無いこいつの行動にびっくりして、氷帝も怪訝な表情を浮かべている。 「お前あのMiuって奴だろ」 あーそっかーMiuねー成程ねー。 なーんてすぐに納得出来る訳も無く、俺は思わず亜久津の顔を二度見、いや、五度見くらいした。ついでに周りを見ればそこにはあーあ、とでも言いたげな雰囲気が漂っていて、嘘でしょと素直な反応が口から零れる。さっき俺を見てきた日吉君も頭を抱えているし、そうじゃない事くらいは分かってるんだけど。 「もう此処で隠しても意味ないし、うん。そうなの。この間は撮影の協力ありがとう」 「えー俺超びっくりしてるよ今!」 「だからあの時こいつの氷帝って言葉に過剰反応してたのか」 「それもバレてるんだね」 ギャーギャーと騒いでるのは俺だけで、亜久津は疑問が晴れた事ですっきりしたのか外に出て行った。「せめてバレない所で吸えよ」と言い捨てた跡部には特に反応せず、バタン、とドアが閉まる。 改めまして、朝倉泉です。苦笑しながら告げられた名前は確かにMiuが言っていて、俺はやられたー!とでも言わんばかりにその場にしゃがみこんだ。 「完敗だな」 跡部がどんな意味でそれを言って来たのかは知らない。でも、少なくともそれに返事を出来る程の余裕は今の俺には無い。 ―――というそんなサプライズがありつつも、ようやく悩みの種であったこの事件は幕を閉じた。まさに、怒涛の日々だった。 |