目蓋に重みを感じながら目を開けると、派手な装飾の天井が視界に映った。 「泉!」 「香月!?」 「あーー動くな!」 まだ頭が働かなくて、何がどうなったのかよくわからない。だけど思いっきりドアが開くと同時に香月の声が聞こえたから、私は寝ていた状態から上半身を勢いよく起こした。すると何故か向日君に叫ばれ、起こした体を宍戸君にまた倒される。2人の顔は心なしか赤くて、どうしてだろうと首を傾げていると隣から声が聞こえた。 「俺ら全員男だし、流石に着替えさせてあげる事はできなかったんだよね。毛布だけはかけたけど」 そこでようやく自分の格好に気付き、これはいけないと思い毛布にくるまる。ちなみに今説明してくれたのは撮影でも一緒だった千石さんで、そうか彼と亜久津さんが助けてくれたのか、とついさっきの事を思い出した。 「本当によかった、無事で」 「ありがとう香月。私も会えて凄い嬉しいけど、なんで此処に?」 「とりあえずあんた着替えたほうがいいわ。景吾、あっちの部屋借りるよ」 包帯は巻かれたままの状態を見る限り、概ね、いや、100%病院から抜け出してきたんだろう。でも今ばかりは傍に居て欲しいのは本心だったので、そこには何も触れずに香月と共に奥の部屋に入った。ちなみに此処はテニス部の部室のみたいだ。 「景吾に頼まれたからちゃんと替えのブラウス持ってきたわよ。制服ではないけど」 「ごめん香月、洗って返すね」 香月が用意してくれたブラウスに腕を通しボタンを留めていると、そこで真剣な表情で見られている事に気付いた。だから咄嗟に笑顔を作って、どうしたの?と返事をする。 「もう良いんだよ」 そのたった一言が胸の奥にすうっと入っていって、上げていた口角が瞬時に下がる。分かりやすすぎる私の変化を見て香月はいつものように笑うと、また優しい声で「頑張ったね」と言ってくれた。 頑張ってなんかいない。結局犯人に捕まって皆に余計な心配と労力をかけてしまった。千石さんと亜久津さんもわざわざ他校から来てくれて、自分がどれだけの人を巻き込んだかと考えると苦しくて堪らない。 でも、それでも香月はそんな私を受け止めるように背中を撫でてくれて、私はしばらく香月の胸を借りた。あんなに怖かったのも、こんなに安心したのも、これが初めてだったんだ。 *** 千石から泉が見つかったと連絡が入った時、外を探し始めていた俺、滝、ジロー、跡部はすぐに奴がいるという体育倉庫まで出向いた。気絶している葛西と千石に抱えられている泉、その傍で煙草を吸っとる亜久津を見て、物凄く安心して地面に崩れたのはまだ記憶に新しい。 とその時、俺はあの子がおらへん事にワンテンポ遅れて気付いた。それは跡部も一緒やったけど、あの状態で奴を泉から離すのはあまりにも酷やと思ったから、そこは俺が率先して再び校内に入った。なんであそこまで探したのに見つけてあげれんかったんやろ、と少しの罪悪感を持って。 でも、有難い事にその子は思いの外早く見つかった。下校時間は過ぎとるからもう誰もおらへん自分の教室に、1人でぼーっと座っとった。 「堪忍な、はよ見つけられんくて。怪我無い?」 「ちょっと殴られたお腹が痛いけど、朝倉さんに比べれば全然」 俺の登場に随分と驚いとるみたいやけど、そこは気にせずにその子の前の席に腰掛ける。告白された時も物わかりの良いええ子やなとは思ったけど、こうやって話すとやっぱその評価は間違うてなかった。 「泉に顔見せなくてええの?」 「うん、また違う日に改めて行くよ。今日はテニス部を優先したいだろうし」 「そうかなあ。自分が行ってあげたら喜ぶと思うで、まぁ強制はしいひんけど。ちゅーかなんで此処に?」 「閉じ込められた教室よりかは自分の教室の方が落ち着くし、ちょっと考え事もあったし」 この数時間で色々ありすぎて疲れとるのはこの子も一緒や。むしろ事の詳細を事前に知らんかっただけ、受けたダメージは俺達よりでかいかもしれん。 俺と同じでこの子もそない饒舌やないんか、教室内には沈黙が続いた。せやからそろそろ送って行こかなと腰を上げようとした時、呟きのような小さい声が耳に入る。一度では聞き取れなかったそれを、俺はもう一度座り直して聞き返した。 「すまん、何て?」 「忍足君が大事にしたくなる気持ち、凄くわかった」 大事な人って、朝倉さんの事だったんだね。 昼休みに泉の教室前でこの子にそう言われた事は、勿論はっきりと覚えとる。近くに泉がおったっちゅーのと、過去に告白されたっちゅー手前あの時は頷く事しか出来ひんかったけど、今は自分の想いをちゃんと話そうと口を開く。 「自分でも分からへんのやけど、泉の前やとポーカーフェイスも見事ボロボロや」 告白を断ったあの日以降もこの子から視線を感じる事は多々あった。せやからまだ好かれとる事も自覚しとったし、その分こないな事本人に言ってええもんなんか微妙やけど、こればっかりはいくら俺でも隠し切れへん。 案の定泣くのを堪えるよう下唇を噛んだこの子に、心の中で謝ってからもう一度話しかける。 「なぁ、名前教えてくれへん?」 小さく紡がれた名前を忘れないように繰り返して、篠崎さんが泣き終わるのを待ってから席を立つ。 「ありがとう、忍足君」 校門前に着くと、篠崎さんは頬に泣き跡を残した笑顔で礼を言って来た。ほんまはそんなん言われる筋合い無いんやけど、その笑顔は素直に綺麗やと思ったから軽い返事だけしておく。 「家まで送ってこか?」 「近くに友達居るから大丈夫。朝倉さんの所行ってあげて」 それだけ言って次は俺の返事を聞かずに立ち去ったのは、多分無理に限界が来たんやと思う。せやから俺も彼女の言う通り踵を返して、あいつらがおる部室に足を進めた。 どうか幸せに。無責任なのは承知しとるけど、最後まで笑顔でいてくれたあの子にそう願わずにはいられんかった。 |