どれだけ走り続けても何も言わないあとべに、俺はなんでかわかんないけど凄く不安になった。怒っているのは勿論なんだろうけど、それよりももっともっと大きな悲しみに染まっている気がして、そう思うと俺まで泣きたくなって思わず足を止める。いつもは俺に何かあればすぐ気付いてくれるのに今は立ち止まった事にすら気付いてなくて、それがやっぱり寂しくて、堪らず大声であとべの名前を呼んだ。



「なんだ」



たった一言だけ言って、鋭い目で俺に振り返る。



「あとべが悪いとか、誰が悪いとかそんなんじゃない。いっつもそうだよ、泉のことになったら気負いすぎだC!」



俺の言葉に何も反応しないで、ただただ見つめてくるあとべ。少しでも和らいでほしいと思ってわざとおちゃらけて言った言葉は何の意味も無く、むしろ今にもまた走り出しそうな勢いだった。

…だから、もー!寂しさが怒りに変わって来た俺は、あとべの所まで駆け寄って自分より随分高い位置にある両肩を両手でがっしりと抑えた。



「ジロー離せ、早く泉を見つける」

「離さない!」

「離せ!」

「そんな顔で会った所で泉が安心する訳ない!」



虚をつかれたように見開いたのは一瞬で、また目に角を立てるあとべ。正直言うとちょーー怖い。でも此処で引く訳にはいかない。



「あとべは人一倍責任感が強い。だから誰よりも気負いする、部活でもそうだ!でも戦ってるのはあとべ1人じゃなくて、俺達も一緒!1人で戦ってるような素振りしないでよ、俺達がいる意味はどこにあるの!」



そこまで言って、俺はあとべの胸を思いっきり突き飛ばした。あとべに暴力をした事もされた事もないから、こんなの初めてだ。でも、言わなきゃいけなかった。あとべじゃないあとべなんて嫌いだ。

何も言い出さないあとべに、頭の中ではどうしようどうしようどうしよう!ってパニックになりながらも、頑張って辛抱強く、喋ってくれるのを待つ。



「だよな」



すると、ようやく聞きたかった優しい声が耳に入った。俯いてて顔はよく見えない。



「本当に馬鹿ばっかだな」



覗いちゃっても良いかなどうしよう、とちょっと1人でわたわたしてるのがバレたのか、あとべはすっきりとした顔を俺に見せてそのまま笑ってくれた。泉にやる時ほど優しくは無いけど、頭に手をポンと乗せてくれてそのまま撫でられる。

おかえりあとべ!全力で顔を綻ばせればやっぱり「アホ面」といつもの茶化しが返って来て、でも今はその茶化しがすごーく嬉しかった。



***



「流石に全力疾走はきつかった」



息も絶え絶えに言った千石は、目の前に聳え立つ氷帝を見ながらやっと膝に手をついた。亜久津もプライドが許さないのか手をつく事はしていないが、息が上がっているのは目に見えてわかる。



「先に走り出したのはお前だろーが」

「亜久津よく現役の俺に着いてこれたねー」

「なめんな」



最初は冷静を心掛けていた2人も途中からそうはいれなくなったのか、どうやら此処まで走って来たようだ。しかし、随分と苦しそうにしていたがそこは流石と言うべきか、校内に足を進めるにつれて呼吸は通常のものへ直って行った。

そうして教師の目を盗み廊下に辿り着いてから、千石はポケットから携帯を取り出し跡部に発信した。ここ最近になって使うようになったこの番号は、いつもは割とすぐに出るが今回は10コール目に入るという所でようやく出た。



「あ、もしもし跡部?氷帝来ちゃった」



語尾にハートマークをつけながらおどけてみせると、電話口と亜久津、両方から気持ち悪いと貶される。しかし跡部の方はすぐに驚きへ変わったらしく、すぐに今何処にいるかを問いかけて来た。



「今1階の廊下にいるよ。え?何で来たかって?ほら、俺って勘良いからさ」

「今泉に電話が全く繋がらねぇ状態だ。お前らが教師に見つかったらそれこそ時間の無駄だから、出来る範囲で協力頼む」



用件のみの迅速な会話を済ませ、電話は切れた。切羽詰まったような跡部の声色に、千石はやはり勘が当たってしまったか、と眉を顰める。



「じゃあ行こう」

「あいつらは校内にいんのか?」

「わかんないけど、教師に見つからない範囲で良いって言われたから俺達は外に出ようか」



この跡部の指示が吉と出るか凶と出るか、それはまだ分からない。
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