「連絡無し、かぁ」



放課後の屋上で寝転がっている千石は、近くに座っている亜久津に向けて言うでもなく、独り言の口調でそう呟いた。なので亜久津もこれといった反応は示さず、相変わらずタールの強い煙草を肺に入れている。



「あ。あれ多分南怒ってるなぁ」

「お前が練習出ねぇからだろーが」

「だよねー」



ゴロゴロと寝転がったままフェンスまで移動しその下にあるテニスコートを見ると、そこには確かに苛立ったように誰か(9割千石だろう)を探している部長、南の姿があった。ここ最近は泉の事に関わりっぱなしだったので、それに比例し千石の部活出席率は減少していたのである。しかし彼はまるで他人事のようにそこから目を背け、再び仰向けになって空を見た。



「何考えてやがるんだ」

「ん、別に」



この前氷帝に行った時に、彼らが泉の事を最優先しているのは探ろうとせずともすぐにわかった。だからこのように自分達への連絡が疎かになるのもまぁわかるにはわかるが、情報を提供した側としては成り行きがリアルタイムで知らせられないのはつまらないだろう。

それに。



「ねぇ、氷帝に行くの明日じゃなくて今日にしない」

「あ?なんでだよ。連絡来たのか」

「いやそういう訳じゃないけど」



―――何だろう、この胸騒ぎは。

普段から自称ラッキー男を名乗っているだけあって、千石の多方面での勘の良さは不本意ながら亜久津も認めていた。だから今回の一連にも首を突っ込んだのである。



「行こうよ亜久津」

「…じゃあ明日は行かねぇぞ」



先に歩き始めた亜久津の背中を見て、千石も反動をつけて勢いよく立ち上がる。その足取りは速くも遅くも無いが、その代わりに焦りが含まれていた。



***



「何処行きやがったあいつ!」



苛立った声を上げた宍戸に続き、他の者も険しい表情で片っ端から教室を覗いていく。時には中まで入って細かい箇所も引っくり返しているが、それでも姿は見当たらない。



「何処にいるの…」



一方、篠崎もまた、葛西を探すべく1人で校内を走り回っていた。てっきり電話が終わった後に泉と合流できると思っていたのだがそれは叶わず、今自分が1人なのもそうだが、彼女を1人にしてしまった事の方がよほど心配だった。

お願いだから無事でいて。心の中で願い、階段を使おうと角を曲がった直後だった。



「お前の仕業か」



聞き覚えの無い粘っこい声が背後から聞こえ、振り向く間もなく羽交い絞めにされる。

葛西だ。

それを認識して一気にパニックになった篠崎は、なんとかここから逃れようとジタバタと抵抗し始めた。羽交い絞めにされたと同時に口も塞がれたので、助けを呼ぼうにも肝心の声が出ない。



「僕が気付いてないとでも思ったか」



普段人から注目を受ける事の無い葛西が、教室で篠崎から刺さるような視線を向けられているのに気付くのは容易かった。慣れない事が起こると、その分神経も研ぎ澄まされる。ここで会ったが最後というべきか。

葛西は暴れる篠崎の腹部を何度か殴ると、反応が無くなったのを見てから彼女を運び出した。そうして自分がいつも使っている未使用教室に放り込み、そのままポケットから泉の写真を取り出す。



「待っててね、泉ちゃん」



ペロリと舐めた泉の顔には、濁った唾液がベッタリと付着した。
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