どうしよう、と小さく呟いた声が放課後の誰もいない教室に木霊する。篠崎美保は、この悩みの元凶である葛西稔の席の前に立ち尽くし、何も無い机を睨んでいた。

彼女は何度も泉と接触し、葛西の事を伝えようと試みていた。あの日、葛西のパソコンのデスクトップを見たあの日からずっとだ。泉の周りの人物が次々と被害に遭っていくのを見て、彼女は常に肝が冷える思いをして来た。だが、それを普段一緒にいる友人に話すと「余計な事には首を突っ込まない方がいい」と言われた為、ずっと知らないふりをしていたのだ。

それでもここまで事態が悪化すると、もう黙ってはいられない。事情を知っている自分が何かしなければいけない。そんな想いに駆られた篠崎は、恐る恐る葛西の机に手を付き、その中を覗いた。



「何、これ」



夥しいとも言える程の写真がぎっしりと詰まっている光景に呆然とする。他にも様々な種類の花や、花言葉辞典、極めつけにデザインは古臭いが葛西がかけるには華奢すぎる眼鏡までもがあった。とりあえず篠崎はそれを泉のものと断定し、それだけを手にし教室から逃げるように走り去った。

もう無関係は止めだ。そう決意した彼女の目には涙が溜まっていたが、その意志が崩れる事は無かった。



***



翌日。

時間は昼休みに入った。いつもは此処に香月もいてすぐに4人で話し込む体勢に入ってたけど、最近は嫌な緊張感が常に保たれているせいか、今の私、景吾、ジローの間に会話は無い。

でも大丈夫。犯人が捕まったら、また元通りに戻る。そう胸に言い聞かせていると、不意にクラスの女子が私の名前を呼んだ。



「お客さん来たよー」

「…私に?」



一体誰だろう。2人も考えは一緒なのか若干不穏な目つきでドアの方を見ていて、とりあえず私はそのお客さんとやらの元へ歩き出す。

ドアの陰に隠れるようにして立っていたのは、至って普通のショートヘアの女の子だった。私を呼んでくれたクラスの子にお礼を言って、その子が立ち去ってから本題に入る為話を切り出す。



「何か用でしょうか?」



何故だか彼女は凄く緊張しているというか、何かに怯えているように見えたので、私はなるべく笑顔を心掛けながらまず問いかけた。案の定決まりの悪い答えが返って来たけれど、焦らずにちゃんとした返事を待つ。

あれ、そういえばこの子どっかで―――顔を見ているうちにそんな考えが浮かんできた私は、率直に何処かで会った事があるかを尋ねた。すると少し前に女子トイレでという答えが返って来て、そうだあの時鏡越しで私を見ていた子だ、とやっと記憶が一致する。



「なんか知ってるの?」

「早く言え」

「折角話してくれようとしてるんだから急かさないで」



それからまたしばらく黙ってしまった彼女を、ジローは兎も角景吾は若干咎めるような口調で急かした。だからその事に注意をしてから、俯いてしまった彼女の顔を覗きこむ。

ゆっくりでいいから、話してもらませんか。そんな風に言ったのが効いたのか、彼女はようやく恐る恐る手を差し出して来て、今にも消え入りそうな声で呟いた。



「これ、あなたの?」



彼女の手の中には、今もかけているはずの黒縁眼鏡がある。どういう事かよくわからず戸惑っていると、景吾が思い出したように口を開いた。



「そういえばお前、前に眼鏡の幅が広がったとか言ってなかったか?」

「あ、うん、そうだけど」

「試しにかけてみれば良いんじゃない?」



ジローの提案で彼女から眼鏡を受け取って、顔が見えないよう下を向きながら眼鏡を変える。あれ?ぴったりだ。じゃあ私が今さっきまでかけていたこの眼鏡は誰の?元々度は入っていないから、眼鏡の幅が変わっただけじゃ私の物では無い事には気付けなかった。見た目にもこれといった特徴は無いというのが更にそれを惑わせている。

でも、なんでだ。



「お前、これを何処で手に入れた」



景吾の威圧的な態度に彼女は一度生唾を飲み込むと、実は、とまた話し始めてくれた。

誰がやったのか、彼女が今まで見て来た事の全てを。
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