真実を知る時

「出血量はそれなりにあったようだが、実際に傷は深くないらしい。とりあえず今後テニスに支障が出る事は無いそうだ」



跡部のその言葉に安堵の息を吐いたのも束の間、その場には再び澱んだ沈黙が流れる。

千石と亜久津から情報を得て、いよいよやっと本格的に動き出せると意気込んでいた矢先に起こったこの出来事は、彼らの気持ちを削ぐには結構な力を持っていた。



「大丈夫かよ、鳳の奴」

「まさか演技までして来るなんてね」



これまでは強気だった向日も、いつもは冷静な滝も、此処まで来るとずっとそれを保っているのには無理がある。2人だけでは無く、全員が冷や汗を浮かべていた。



「これで、テニス部は完全に標的にされたと考えて良いだろう」



跡部の言葉に彼らは黙って深く頷く。自分達だけなら兎も角、1番怖いのは泉本人に手が行く事だと誰もが感じていた。

とそこで宍戸が「当の朝倉は何処だ」と疑問をぶつけ、それにまた跡部が口を開く。



「世界史の教科担に呼ばれて職員室にいる。1人の時間は少しでも少ない方が良いから、そろそろ行くぞ」

「あの子、遠慮して1人でもどっか行きそうやからな」



部室を出た時は誰もが静かにしていたが、忍足の言葉が頭に残ったのか次第にそれは早足になり、最後にはほぼ走っていた。どんなに小さな事でも見逃してはいけないというのは、考えていたよりもずっと神経を使う事だった。



***



「朝倉、今日の授業も上の空だったけど大丈夫か?」

「すみません、大丈夫です。じゃあ失礼します」



一度礼をしてから職員室のドアを閉め、深く溜息を吐く。教科担の話なんてまるで覚えてなくて、不安だけが心の中を渦巻く。

昨日の夜宍戸君からかかって来た電話は、思わず両手で顔を覆ってしまうには充分すぎる効果があった。鳳君が、襲われた。犯人の顔をまともに見れなかったせいで周りは通り魔と決めたらしいけど、実際それが事の一連の犯人である事は確定している。最後に大声で叫ばれたという台詞が良い証拠だ。

どうしてあんな事、と心の中で犯人に悲しみをぶつけていた矢先、ふと私の目の前に白い封筒が振って来た。きっと目の前の開いている窓から入って来たんだろうけど、どうしてこのタイミングで?ここ最近聞く事が多くなった嫌な音の心臓を耳に入れつつ、恐る恐るそれに手を伸ばす。



「っ!?」



封を切って中身を見た瞬間、私の口からはまさに声にならない叫び声が出た。

体育の時の長ジャージから短パンに履き替える姿、登校中、カフェテリアにいる時、その他諸々の沢山の写真が封筒にぎっしりと入っている。それはどれも身に覚えの無いものばかりで、今までこんなにもの盗撮をされて来たかと思うと体が震えた。結局全部に目を通す前にそれらは手から離れ、こういう時に限って誰もいない廊下に1人うずくまる。

此処を限界と感じてこの先もつのか。いつになったらこの恐怖は終わるのか。答えの無い質問を繰り返していると不意に数人分の足音が耳に入って、私は恐る恐る顔を上げてそっちの方を見た。



「泉!」



景吾を筆頭に、テニス部の皆が険しい表情で駆け寄って来る。

1番最初に名前を呼んでくれた景吾に訳も分からず抱き着くと、私よりも数倍強い力で抱き返された。大丈夫だ、此処にいるから、と宥めるような声が心臓の音を静めて行く。



「これは…」



ハギがそう言ったきり絶句したのを聞いて、ようやく景吾の胸から体を離す。写真を拾い上げている皆の顔は揃いも揃って蒼白していて、ふらりと揺れた体は結局また景吾によって支えられた。左手はジローがぎゅっと握ってくれていて、言葉は無くても言いたい事が伝わって来る。



「千石さんと亜久津さんから聞いた情報が確かなら、犯人はかなり体格が良いんですよね。なのにこの枚数の盗撮をやってのけるっていうのは、よほどやり慣れているという事でしょうか」

「クソクソッ、本当に気持ち悪ィ奴だぜ」



そこで日吉君と向日君が話し始めたのを聞いて、私は突如出てきた名前に首を傾げた。その仕草を不思議に思った景吾が、「どうした?」と私の視線に合わせて聞いてくる。



「千石さんと亜久津さんって、オレンジと銀髪の?」

「知っとるんか?」

「昨日の撮影で協力して貰った2人が確かそんな名前だったと思う。見た目も派手だったからよく覚えてるし、多分間違いない」



私がそこまで言うと皆は驚いたように目を丸くして、それから昨日の部活中に2人が氷帝に来た事を説明してくれた。そうだ、そういえば撮影の帰り際に千石さんが氷帝に行くと話していて、思わず振り返って見てしまったんだった。それに亜久津さんが不審そうな目を向けて来たのも覚えてるし、やっぱりあの2人で間違いないだろう。

思わぬ縁に私達はしばし無言になりつつも犯人の特徴を聞いてから、昼休みが終わってしまうので各々教室に戻る事にした。未だに繋いでくれているジローの手のぬくもりが、凄く有難かった。
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