「亜久津に千石?」 「やっ、久しぶり!」 部活中、忍足との打ち合いが終わって一息吐きにベンチに座った瞬間、校門の方からいやでも目に入る2人組が歩いてくるのが見えた。俺の記憶上、白ランにあのド派手な頭の2人組は山吹の千石と亜久津しかいない。 すると案の定千石はいつも通りの砕けた口調で話しかけて来て、俺はベンチから立ち上がりすぐにコートを出た。山吹と練習試合の予定は無かったはずだが、と頭の中に疑問を浮かべつつ、とりあえず久々に会う2人を出迎える。 「珍しいっつーか初めてじゃねぇか、氷帝に来るなんて。いきなりなんだ」 「いやぁさ、実際俺達には全く関係ない事なんだけど」 さっきから一言も話さない亜久津に比べ、このオレンジ頭はいやに饒舌だ。それでも勿体ぶって中々話し出そうとしないから俺がそれを指摘すると、こいつは持て囃しながら腕を叩いて来た。中学から何も成長してねえな、とつい苦笑する。 「あれ、何で山吹の不良組がここにおるん?」 「不良は亜久津だけだよ失礼だなー!」 「腹黒さはお前のほうが数倍上だろーが」 ようやく話し始めると思いきや次は忍足という邪魔者が入り、俺と違って世間話を続けようとするこいつを軽く睨む。するといい加減察したのか、2人は一度黙った後に千石は咳払いを1つし、口を開いた。 「泉ちゃん、って知ってる?」 その名前を聞いた瞬間、俺達の目つきがわかりやすすぎる程に変わる。 「お前ら何を知ってる」 「今の俺達には情報が必要やねん、犯人の事で何か知っとるなら何でも言ってや」 「犯人だと?勘違いすんな、俺達は何も知らねぇぞ」 亜久津が否定をした事で話の流れが掴めなくなり、こいつらに非は無いとわかっていても眉間に皺が寄るのを抑えられない。そんな俺を見て千石は珍しそうに目を瞠った後、次に申し訳なさそうな表情で話を続けた。 「その様子なら随分仲良いみたいだね。あんまり君達のそういう所見た事無いからちょっとびっくり」 「まあ、そこは触れんといて」 「彼女の事について何も知らないのは本当なんだ。でも、ちょっと放っておくには怖いかなって事があって」 それから千石が話し始めた先日の出来事は、最近の泉に関係無いと一蹴するには確かに無理があった。泉の写真を見ながら泉の名前を呟いて歩いていた気味の悪い男。犯人をストーカー気質と想定している今の段階では、そいつが犯人の説がかなり濃厚になる。 「自分の女好きが初めて役に立った瞬間やな」 「だから、泉ちゃんの話は前日にちょうど桃城君達から聞いてたんだってば!俺達がお呼ばれされなかったテニス部の合同合宿のマネージャーにいたって!」 「次は呼んでやるから不貞腐れるな」 「もー」 しばし和やかな雰囲気になったのも一瞬で、俺はまた話を戻す。 「で、その犯人の顔は覚えてないのか」 「うーん、それが下向いてたし曖昧なんだ。眼鏡かけてて、太ってて、臭くて、髪汚くてって事はパッと見でわかったけど。今時あんな典型的な感じも珍しいしね」 「背は高かったぜ。猫背でどっしりしてたからハタから見りゃ迫力あんじゃねぇの」 俺はんなもん少しも感じなかったけどな、と暗に付け加えらている亜久津の証言を聞いて、それなら俺が見ても感じないだろうと結論付ける。香月がずっと言っていた通り、影でしか出来ない意気地なしという線がより一層濃くなった。 「わざわざ来て貰ってすまねぇな。あと、ありがとう」 なんにせよ、ただ通りすがっただけの2人からこれ以上聞き出せる事はもう無いだろう。それにいい加減俺も次の試合に行かなければいけないので、忍足も含めた3人を残し最後にそう言い捨てその場を後にした。千石がまた何やら意外そうにしていたが、別に深入りする事でも無いので無視してコートに向かう。 「なんか今日はびっくり続きだー。跡部にお礼言われるなんて思ってなかったよ」 「あいつも変わったんやでー」 何の情報も無かった俺達にとってこの機会は天の一声と言ってもいい。そこで耳に入った千石の声につられ後ろを振り向くと、奴はブンブンと両手を振って校門に向かっていたので、俺も一応片手だけは挙げといてやった。 |