放課後の第一音楽室。



「久しぶりに聴いたけどやっぱり落ち着くね。鳳君のピアノ」

「ありがとうございます!最近忙しくて全然弾けてなかったですよね」



合宿やら何やらが重なったせいで、こうして泉先輩と音楽室で2人になれたのは随分と久しぶりだ。今までの空白の時間を惜しむようにそう言えば先輩は苦笑しながら頭を叩いて来て、子ども扱いされてるのは男してどうかと思うけどそれでもあぁああぁ可愛いー!!

じゃなくて!俺はそれよりも気になってた事を言う為に脳内で必死に軌道修正して、頭から離れて行った先輩の手を掴み話を切り出した。



「無理して笑わなくても大丈夫ですよ」



案の定先輩の顔が一瞬にして曇る。余計なお世話だとは自分でも思うし、いくら跡部部長から理由を聞いてるとはいえあまり詮索するような事はしたくない。それでもいつもより元気が無い顔で笑う先輩を、俺はとてもじゃないけど見過ごせなかった。

と思いきや、不意に先輩は顔を俯かせたかと思うとふふふ、と楽しげな声を上げた。自分の予想とは違った反応が返って来て、あれ?と内心焦る。



「ど、どうかしましたか?」

「いや、嬉しくて」



嬉しい?真剣に話していたつもりだったからその返事は尚更わからず、首を傾げて言葉の続きを待つ。



「落ち着きが無いように見えて、ちゃんと私の事見ててくれてるんだなって。ありがとうね、鳳君」



先輩の返事は俺の立場では到底思いつかない考えで、そして俺はそれを凄く素敵だと思った。こっちが身を案じたつもりで言ったのに、結局俺の方がより嬉しい気持ちにさせられて、まだまだその距離は遠いとちょっと思い知らされた気分になる。



「当たり前ですよ!俺が出来る事があればなんで、…え?」



それでも抱き着きたくなる衝動を抑えて言い返そうとした瞬間、自分の目を疑った事により言葉が不自然に止まった。「どうかした?」と先輩に顔を覗き込まれてようやく我に返り、もう一度入口の扉に目を向ける。

なんか、少しだけ開いていた気がした。でも今はすっかりその気配も無いし、気にしても答えは見つからないので椅子から立ち上がり気を取り直す。



「大丈夫?」

「全然大丈夫ですよ!それより、そろそろ時間ですね」

「本当だ、景吾に言われる前に行かなきゃね。私もこのまま帰るから、下まで一緒に行こっか」



この時間が終わる事を嘆きそうになったのも束の間、先輩がそんな誘いをしてくれた事で気分はまだ絶好調に上がる。そのテンションでつい先輩の左腕をとったけど先輩は変わらず優しい笑顔で、今すぐスキップすらしてしまいそうな勢いだった。あぁもう先輩大好きです!



***



「お、来た来た。私服じゃん」



ノックをして返事が聞こえた所ですぐにドアを開けると、そこには痛々しい姿ながらもいつもの笑顔を浮かべている香月がいた。ちなみに今日はこの後真っ直ぐ仕事に行くので、1回家に帰ってから私服に着替えて来たのである。

とりあえずお見舞いのマドレーヌを既にある菓子の山の横に置いてから、私も椅子に座る。



「具合はどう?」

「まだちょっと痛むけど大した事ないから大丈夫。そっちはどう?」

「…その事なんだけど」



本当は楽しい話をしていたかったけど、こう聞かれてしまっては話さない訳にはいかない。私の表情を汲んで真剣になった香月と目を合わせてから、今日あった事をざっと説明した。サッカーボールが当たって中身が落ちた本棚の中から、あの監視カメラが出てきた事。手短に話し終えるなり香月の額にはくっきりと青筋が浮かんでいて、やっぱり異常だよなと事の非日常さを改める。



「これからも犯人は、あんたに手を出す前に周りを消しにかかるでしょうね」

「じゃなきゃ女の香月にまで手出さないよね、普通」

「本当にナメられたもんだわ」



香月の言う通り、こう来た以上きっと犯人はこの先も同じようなやり方で私の周りを痛めつけようとするだろう。香月でここまで酷かったのだから、男である皆がどれだけの危険に晒されるかは容易に想像出来る。想像だけで解決策は浮かんでこないのはかなり悔しいけれど、私達は焦る気持ちをなんとか抑えようと気分を静めた。じゃなきゃ相手の思うツボだ。



「マドレーヌ食べる?」

「うん、ちょうだい」



いつもよりもちょっとだけギクシャクした雰囲気が流れる。勿論、これは私達の仲に何か亀裂が入ったという意味では全く無い。こんな風になってしまうのも全部犯人のせいで、一刻も早く犯人をどうにかしてやらなければ、と思えるくらいには私も肝が据わって来た。と思う。

それから30分くらいしてから私は病院を後にし、今一度気持ちを切り替えてから仕事場に足を進めた。そうだ、こんな所でへこんでられない。
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