増えていく犠牲

「ねぇ、遅すぎない?」

「後5分で昼休み終わっちゃうCー」



昼休みが終わる5分前になっても一向に姿を現さない香月に、私は流石に違和感を抱いた。景吾は何処かで喧嘩でも買ってるんじゃないかとふざけて、ジローも同意するようにはしゃぎ始めたけど、状況が状況なだけに不安だから見に行ってみようと思い腰を浮かせる。



「泉何処行くのー?」

「いや、ちょっと香月の様子見に行こうかなって」



そこまで相槌を打った時、突如廊下中に甲高い悲鳴が響き渡った。あまりに唐突な事に私だけじゃなくてクラスの人達も驚いていて、数秒すると教室内はなんだなんだとざわつきに包まれる。あっという間にがらんとなった教室を見て、私達もワンテンポ遅れて教室から出た。

廊下を見ると、人だかりが出来ているのはちょうどM組の前辺りだった。ちなみに購買はその奥にあるから、戻って来る時はその教室前を通る事になる。

違うよね。大丈夫だよね。

―――そう心の中で言い聞かせるのとは裏腹に体は正直で、気が付くと私は全力で走り出していた。



「おい泉!」



後ろから2人の焦った声が聞こえるけど、今それに答えてる暇は無い。そうして人混みに辿り着いたものの私の体格じゃどうにもその先は見えなくて、若干苛立ちながら背伸びをしていると、不意に両肩を抱くようにして誰かに後ろから引っ張られた。



「行くで」



頭のすぐ上にいたのは侑士だった。侑士の身長だともう先の光景が見えてるのか、その表情はいつもと違ってかなり険しい。ぐんぐんと押し出されるがままに人混みの中をすり抜けてやっと体が窮屈さから解放されたと思った瞬間、私の目には信じられない光景が映った。



「おい、しっかりしろ安西!」

「香、月?」



そこには、宍戸君に抱えられながら頭から血を流している香月の姿があった。



「嘘だよね、冗談だよね?」

「泉」

「ごめんなさい、ごめんね、ごめんね、本当にごめん」

「泉、駄目だよ」



侑士の手がすっと離れ、代わりに景吾とジローが隣に立つ。次は2人の手がそれぞれの肩に乗るけど当たり前に気持ちは落ち着かず、実際にこんな事が起こってしまった以上、冷静でいる事も自分を責めずにいる事も私には到底出来なかった。



「朝倉に非はねぇよ。対処すべきなのは犯人だけだろ。安西だって意識あったし、そんな気負いすんな」



運ばれて行った香月を追いかける事も出来ぬまま、静かに言った宍戸君の言葉を受け止める。窓ガラスの破片と香月の血痕が散っている此処はこれから清掃に入るみたいで、私達生徒は総出で来た先生達から教室に戻りなさいと指示された。でも皆はそれを無視して人が少ない階段前まで連れて来てくれて、そのままぎゅっとジローに後ろから抱き着かれる。



「でも」



何を言われても後ろ向きな考えしか出来ず、私は宍戸君のそれにも否定から入ろうとした。でもその前に景吾に両手でパシン!と顔を挟まれ、強制的に前を向かされる。その拍子に、溜まっていた涙が一筋頬に伝った。



「いいか。これ以上迷惑かけたら嫌だからとか、そんなくだらねえ理由で俺達から離れようなんて考えるなよ。俺達は全力で守る。何があっても、絶対にな」



だからもう、なんで。

その先の言いたい事はどう頑張っても言葉にならず、私はそのまましばらく子供のように泣き続けた。皆の優しさは確かに嬉しいけど同時に凄く苦しくて、この感情はとてもじゃないけど言葉では表せられない。そんな私の全てを分かっているかのように、やっぱり景吾はゆっくりと頭を撫でてくれた。
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