「私購買行くけど行くー?」 「うーん、ちょっと疲れたから先戻ってようかな」 「おっけ!じゃあすぐ戻るから!」 「待ってるねー、って早」 体育帰りに購買に駆けていく香月のスピードはそれはそれは凄まじく、その後ろ姿を見て思わず苦笑する。元気な香月とは対照的に私は疲れ切っているから今すぐ教室に戻りたい所だけど、髪がボサボサだから1回トイレに寄って行く事にした。 キィ、と音を立ててドアを開ける。このトイレは後半クラスの人達が主に使うトイレな為、来た事は数える程しかない。顔も見た事が無い人ばかりだ。まぁ、このマンモス校の生徒数の顔を覚えられる人こそ早々いないだろうけど。 「あ、いえ、なんでもないです」 何て事を思いながら髪を櫛で直していると、ふと鏡越しに私の事を凝視している人と目が合った。なんだろうと思い軽く微笑んで首を傾げてみたものの、すぐに逸らされてしまいあれれ?とちょっと残念な気持ちになる。 それでも私は特に気にかけることなく、そのトイレを出た。 *** 「美保どうしたのー?さっきあの人の事めっちゃ見てたけど」 「あの人テニス部とか安西さんと仲良いよねー、羨ましい」 「あー、朝倉さんだっけ?」 トイレで溜まっていた女生徒数名の中に、先程泉と目が合った彼女、篠崎美保はいた。彼女の友人である3人は何の気も無しに問いかけたようだったが、当の本人の表情は一向に晴れない。 「あのさ、葛西っているじゃん。私の隣の席の」 ようやく口を開いたかと思えば、3人はその名前を聞いて一様に批判的な態度を見せた。元来女同士の愚痴というのは中々容赦が無く、1つの言葉に更に何個もの愚痴が上乗せされていく。今の場合は、主に彼の容姿やいつも1人で何やらブツブツと言っている事への、いわゆる気味の悪さを重心的に言われていた。そうして一通り言い終えた所で、「あいつがどうしたの?」と話が戻される。 「この前、あいつのパソコンの画面横目でちらっと見たの。そしたらデスクトップの画像が、さっきの朝倉さんだった」 予想だにしていなかったに3人の動きは術にかけらたように止まる。数秒後にはまた罵倒の嵐が吹き始めたが、篠崎だけはそんな愚痴では片付けられないような、言い得ようのない居心地の悪さを感じていた。 *** 購買で沢山のパンを買い占めた香月は、早く泉の元へ戻る為にと小走りで教室に向かっていた。わっさわっさと音を鳴らしているパンの中には彼女の好きな菓子パンもあり、それにはこれで少しでも元気になってくれればという香月なりの応援も込められている。更には体育で体を動かした後だからかその表情は清々しく、振るわないこの状況も香月の強さのおかげで少しは緩和されるように思えた。 「え?」 「僕の邪魔をするからだよ」 しかし、それは所詮気休めでしかない。 「香月遅いなぁ」 「どーせ大量に買い占めてるんだろ」 「かもねー」 平和な日常は、確実に着実に、音を立てて崩れ始めていた。 |