昨日電話をかけた時のあの怯えた声も凄く可愛くて、かれこれ数百回は伝言メモを繰り返している。しかし、その直後に安西香月が電話をとったのは不快極まりなかった。あの女さえいなければ泉ちゃんはきっと僕との会話を楽しんでくれただろうし、怯えていたのも最初だけだっただろう。なのにあの女が邪魔したから悪いんのだ。僕と泉ちゃんが直接話す機会を、いわばこれからの2人の未来のきっかけを、あの女は奪ったのだ。

安西香月だけじゃない。跡部景吾、芥川慈朗、この2人も僕達の未来を邪魔しようとしているようだった。泉ちゃんも泉ちゃんで、こいつらに話す前に僕の電話に答えてくれれば良かったのに、まぁそこはこれからじっくり話して行けば打ち解ける事だから今は目を瞑っておく。



「無様だな」



自分達が1番泉ちゃんに近いと思っているのか。特別だと思っているのか。自分達しか泉ちゃんには触れられないと思っているのか。そう考えるとどうにも滑稽でつい同情までしてしまうが、容赦はしない。

この為に新調したカメラは、流石最新型というべきか泉ちゃんの表情や仕草は勿論、その澄んだ声もよく聞き取る事が出来る。ただ少し視野が狭いのが惜しいので、そのうちまた位置を調整しに行こうと決めた。

だって、君の姿は全部見ておきたいから。



***



「こんな時は体育でストレス発散!」

「う、うん!」



マット運動でそこまでストレス発散出来るのかな、という疑問は置いておくとして、私は意気込んでいる香月に続きマットの前に立った。すると香月は早速バック宙やら色んな技を繰り広げ始めて、瞬時に私は脇役に回る。きっとなんでも出来る香月にとっては体を動かすこと自体がストレス発散になるんだろうな、と未だくるくる回り続けているその姿を見ながら心の中で思った。



「泉置いてきぼりやん」

「何やってんだあいつ」

「あ、2人共」



とその時、体育館の中心を区切っている網越しに、景吾と侑士が後ろから話しかけてきた。結局私は何もやらずに終わったので、今は自由時間と言ってもいいほど何もする事が無い。



「凄いよね。ストレス発散してるみたいだよ、あれでも」

「見た目は大人なのに中身はまるで餓鬼だな」

「逆コナンやな」



ちなみに男子の方は本来サッカーだったけど、今日は外が雨だから急遽自習になったみたい。ジローは珍しく覚醒していて、同じクラスの人とドッヂボールをしている。この2人は勿論サボりだ。

しかしそうしていられたのも束の間、先生に大声で呼ばれた事によって私は競技に戻らなくてはいけなくなった。マット運動はあまり得意じゃないけど、バレてしまったものは仕方ない。



「競技の時は長ジャージ脱がなアカンで?」

「黙れ変態」

「正論なんだけどね」



去り際にいらない事を言った侑士には、景吾がちゃんと頭をはたいていた。とはいえ決まりは決まりだし仕方ないので、私は2人の元を離れ香月の側に戻った時に、いそいそと長ジャージを脱いで短パンになった。



「え?」



でもその瞬間、多分カメラのシャッターらしき音が耳に入って、慌てて周りを見渡してみる。特に不審な動きをしている人はいないものの、これまでの空気が一変したのは確実だ。



「よっしゃ次は倒立前転!ってどうしたの?」

「ううん、何でもない」



何かが変わったのには気付けたのに、それが何かまでは分からない。そんなもどかしさを感じつつ、私はまた笑顔を繕った。
 4/5 

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