「どうしようかなー」

「ソースで悩んでるの?」

「うん」



午後7時。香月は、1人にしておくのが不安だからという理由でわざわざ私の家に泊まりに来てくれた。少し今日の事について話した後今は夕飯のハンバーグ作りをしている真っ最中で、あの事を忘れられるこの時間は私にとって唯一の癒しとも言える。



「でも、本当に良かったの?明日も学校なのに泊まりに来て貰っちゃって」

「家に着いてもいてもたってもいられなかったのよ。好きでやってんだから心配しないで」



ちなみに香月は1回家に帰ってから来たからウチに着いたのはついさっきで、大きなスーパーの袋を掲げながらご飯作ろう!と言って来たのはまだ記憶に新しい。でも、そういう普通の態度が今は逆に助かるから、嬉しくって思わず抱き着いちゃったのもついさっきの事だ。

そんな訳で結局ソースはデミグラスソースに決めてシャカシャカと材料を混ぜ始めたその時、リビングの方から携帯の着信音が聞こえた。この着信音は私のものなので、一度作業する手を止めてからリビングへ移動する。ディスプレイを確認するとそこには非通知設定と表示されていて、誰かなと思いつつ通話ボタンを押した。

ザザザ、という雑音が、妙に耳に劈く。



「花、なんで拾ってくれなかったの?」



―――多分それは、始まりの合図だった。

驚きすぎて投げ出してしまった携帯は、いつの間にか駆け寄って来た香月によって拾われていた。香月がもう一度耳を当てて確認したけど、もう切れているのかすぐにその手は降ろされ、そのまま私の体をぎゅっと抱き締める。



「何て言われたの」

「花なんで拾ってくれなかったの、って」



怖い、という感情が今の状態には1番当てはまるのだろうけど、実際は言葉に表せられないくらい澱んでいる。知らぬ間に震えて始めた体はそのまま床に崩れて、香月はそんな私を支えるように更に力を込めてくれた。



「どうしよう、これからどうなっちゃうの」

「大丈夫だから」



いつもは落ち着くはずの香月の言葉も、今だけは暗号にしか聞こえなかった。



***



「ちょっと、また入ってたの?今度は何の花言葉…って、私のにも入ってるし」

「え?」



翌日。

昨日はあの後、香月が他愛も無い話で気を逸らしてくれたおかげで寝る頃には随分と落ち着けていた。朝も勿論一緒に登校して来たから今までは何も無かったのに、靴箱にはまるで当てつけのようにまた違う花が入っていて、気持ちが一気に急降下する。しかも今日は香月のにまで入っていて、迷惑をかけてしまったという自己嫌悪がふつふつと沸きあがって来た。



「何私が悪いですみたいな顔してんの」

「え」

「隠せてると思ってる?私がこんな奴に負ける訳無いでしょ」



口は良くないにしても、私には無い強さのおかげでまた頑張ろうと思える。更には絶大な信頼をくれる。そんな所は景吾にそっくりだと思うのだけれど、これをお互いに言うと2人は凄く嫌そうにまた言い合いを始めるので、私は軽く微笑むだけにしておいた。



「靴箱って確か、希望出せば鍵付けれなかったっけ?」

「でも理由話すのも気が引けるし」

「そっか」



とはいえ、常に誰かに見られているかもしれないという気持ち悪さはそう簡単に消えるものでは無い。香月も私の気を完全に晴らすのは無理だと分かっているのか、何も言わずにそのまま重い雰囲気で教室に向かう。

教室に着くとジローはいつも通り机に突っ伏していて、景吾は私達の顔を見るなり何かに気付いたのかまた眉を顰めた。昨日今日と難しい顔ばっかりさせちゃっているのが辛い。



「今日は私のにも入ってたわ。解読よろしく」

「…今回も随分と気持ち悪いメッセージだな」



一瞬見ただけで何の花か分かる景吾に、今は感心している場合では無い。私と香月は言葉の続きを無言で待った。



「泉の花はヘメロカリスで、意味は“危険な楽しみ”。香月の花はスターチス。意味は、“でしゃばり”だ」



一拍子ためてから告げられたスターチスの花言葉は、只でさえ苛立っている香月の憤怒を買うには充分すぎた。今にも飛び出していきそうな勢いをすぐに私と景吾で止めて、落ち着かせる為に椅子に座らせる。

とりあえず花の話題を逸らす為にか、景吾は「昨日はあの後何も無かった」と問いかけて来た。昨日あの電話が来た事はもう話してあるので、私達は目を合わせて首を横に振る。



「でもさ、おかしくない?」

「何が?」

「あぁ、俺も1つ不審な点がある」



とそこで、まだ平常心では無いけれど少しは落ち着いて来た香月が、何かを思いついたように口を開いた。景吾は同意してるものの私にその意図は分からないから、大人しく説明に耳を傾ける。



「ゴミ箱を焼却炉に持って行くのは放課後の掃除当番でしょ。その間にゴミ箱をわざわざ見に来た人なんていた?なんで犯人は私が花を捨てて、かつ泉がそれを拾わなかった事を知ってるの?」



言われてみればそうだ。昨日かかってきた電話は、私が花を受け取った事の確認では無く、私が花を拾わなかった事に対しての質問だった。そして今日香月の靴箱にスターチスが入っていた所から、捨てた人物が香月である事も多分犯人は知っている。



「焼却炉に行く途中に犯人が見たという可能性も無くはないが、香月が捨てたのは朝だ。放課後にはあの花と手紙は他のゴミで埋まっていたはずだろうし、そうなると漁らない限り見れねぇだろ」

「ちょっと待って、という事は」

「犯人はクラス内にいる可能性もある、って事」



1番嫌な予想が出た所で、ジローの悠長なあくびが耳に入った。いつもならおはよう、と声をかけるけど、今の私にそんな余裕はない。額から嫌な冷や汗が伝う。

次々に新しい事が起こる割に、解決策は昨日の朝から止まったままだ。犯人は誰かという目途は勿論、色んな点でも不審が多すぎる。

顔が青ざめている私を見て、ジローは寝ぼけ顔からすぐに表情を変えて「どうしたの?」と覗きこんで来た。香月だけじゃなくて、ジローも、そして景吾も、私の周り皆が同じ目に遭ったらどうしよう。その事で頭がいっぱいになって、目の前のジローから隣の景吾に視線を移す。



「バーカ、変な心配してんじゃねえよ」



ワシャワシャと頭を撫でられ、最後にぽんぽん、と叩かれる。一緒にいれば嫌な思いをさせてしまう事は明らかなのに、それでも私はこの人達に傍にいてほしいと願わずにはいられないのだ。



「ごめ、」

「泉、違うでしょ?俺達はそんな言葉いらないよ」



我侭な自分に付き合わせてしまってごめんなさい。そう思い目を伏せると、ジローは珍しく怒った顔つきで真正面から見据えて来た。その喝でハッとして、途中まで出てしまった言葉を飲み込む。



「ありがとう」



傍にいてくれなきゃ駄目なんです。無理なんです。1人じゃとてもじゃないけど耐えきれないんです。情けない弱音まで読み取ってくれたかのように、3人はにこりと屈託の無い笑みを向けえてくれた。
 3/5 

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