真っ暗な未使用教室で、まるで野獣が苦しみに呻いているような、野太い声が響いた。



「あー、さっきのやつやっぱり焼却炉に直接捨ててこようかな」

「香月、目怖いよ」



その声を出している男のパソコンには、はっきりと泉達の教室の様子が映し出されている。しかし、男の視線は昼食をとっている彼女ではなくしっかりと片隅にあるゴミ箱に定められていた。更にはそんな会話が聞こえた所でそれまでの野太い声がぴたりと止み、彼女の隣、香月に次は焦点が行く。



「こんな姑息な事しか出来ない奴がどんな奴かだなんてたかが知れてるっつーの」

「確かに正論だけどな」



目つきと共に形相すらも段々と歪んで行き、男は自身の親指の爪を砕く勢いで噛み始めた。ガリガリガリ、と一瞬何の音だか判断に迷う程の音が出る。



「安西香月」



安西香月。安西香月。しばらく繰り返された名前は数回ほどで途絶え、またガリガリという音のみがその場に響いた。



***



「いたいた、あっくーん」

「その名前で呼ぶな」



昼休み後の山吹高校の屋上には、授業開始の鐘が鳴り響いてるにも関わらず亜久津と千石が座り込んでいた。許可していない愛称で呼ばれた事により亜久津の機嫌は絶不調だが、それを千石が気にするはずもなくいつも通りへらへらとした口調でかわしている。しかし今は、その口調が長く続く事は無かった。「んでなんだよ」。何かを察して早めに話を切り出した亜久津に、千石も笑っていない目で頷いてから口を開く。



「明日、氷帝行ってみようかなと思って」



とうとう行動に移しやがったか、というのが亜久津の素直な感想だった。

道端であの男に会ったあの日以来、千石がコソコソと何かを嗅ぎ回っているのは目に見えてわかった。いつもならそういうのはバレずにやってのける彼がこんなにも分かりやすかったのはこれが初めてで、同時に、それほど時間が無い事をアピールされているようにも感じた。



「人助けでもするつもりか。柄に合ってねぇからやめとけ」

「嫌だなそんな言い回し、純粋な興味と言ってほしいね」



それが興味の範疇だと片付けるにはあまりにも無理があるが、亜久津はあえてそこは深く掘り下げなかった。代わりに呆れたように煙草に火を点けてから、ふーっと空に向かって煙を吐く。



「なんだかんだ亜久津だって気にしてるんでしょ?もう1箱吸い終わるじゃん」

「黙れよ。言っとくけど俺は面倒臭ェと思った時点ですぐ帰るぞ」

「そうこなくっちゃ」



長年いるとお互いの思う所もなんとなく察しがつくのか、亜久津はこうなった彼を止める方法は無いと確信していた。それに、認めるのは癪だから口には出さないが、あの男の不可解さが全く気になっていないと言うと嘘になる。



「で、お前は泉っつー女について何処まで調べたんだ」

「あり、もうバレてる?」

「当たり前だろ。分かりやすすぎだっつーの」

「うわぁ恥ずかしい」



実際にはなんの恥ずかしげも無く頭を掻いてみせた千石に、そんなのはどうでもいいから早く喋れという意を込めて睨みを効かせる。すると彼はここ最近で1番真剣な目で、また話を続けた。



「前の合同合宿に臨時で来た氷帝マネージャーの名前は、やっぱり泉ちゃんで間違いないよ。俺もあの男が持ってた写真は一瞬しか見てないからあんまり覚えてないけど、容姿は眼鏡に三つ編みで一見凄く地味だって。でも跡部を始め氷帝テニス部が大事にしてる所から、それだけじゃないっていうのはなんとなく分かった」

「かなり調べこんでんじゃねーか。誰から聞いたんだ」

「ん、色々。ちなみにフルネームは朝倉泉ちゃん。細々した情報はまだあるけど、まぁざっとこんなもんかな」



そう言って話を括った千石を見て亜久津は、やはりとてもじゃないが興味だけで動いている訳では無いなと再確認する。

朝倉泉。あの写真に映っていた女が本当に彼女なのか2人はまだ分からないが、その反面きっとそうだろうという自信もあった。理由は、あえて挙げるならば第六感というやつだ。この事柄に関わってからひしひしと感じているそれを、最初は信じないと一蹴していた亜久津も含め、2人は投げ出さずに辿ってみる事にした。
 2/5 

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