写真を片手に薄気味悪い笑みを浮かべながら歩くその男を、通行人は意図的に避けるように歩いている。彼を見る人々の眼差しは大半が冷たいもので、中にはまるで汚いものを見るかのような視線を送っている者すらいた。



「僕だけの…」



もっとも、手の中の写真にしか意識が無い本人はそんな事微塵も気にしていないようだが。

と、その時だった。



「ってぇな、ふざけんじゃねーぞ」



男は、前から来た白ランで派手な髪色の2人組──千石と亜久津――にぶつかった。亜久津に怒鳴られれば普通は怯むだろうが、男は怯むどころか2人の存在に気付く事もなく、依然写真を見ながら何やら呟いている。



「うわーなんか気持ち悪いよこの人。ほっといてさっさと行こ、亜久津」

「…気に食わねぇな」

「僕だけの、泉ちゃん」



釈然としない亜久津は随分と不満そうだが、それよりも関わりたくないという気持ちが先だった千石は彼の腕を引っ張り先を歩き出した。しかし、そのすれ違い際に妙にはっきりと耳に入って来たその名前に、思わずピタリと足を止める。



「泉って、なんかどっかで聞いた事無い?」

「俺は知らん」

「あ、そうだ、確かこの前あった合宿にいたマネージャーがそんな名前だった気がする。昨日桃城君と菊丸君に会った時、2人共彼女の話してたようなしてないような…」

「はっきりしねぇのかよ」

「山吹はお呼ばれされなかったからねぇ」



そこまで話すとその場には沈黙が振りかかったが、亜久津が煙草を吸い始める頃にはまたいつも通りの単調な会話が始まっていた。泉の存在を知らない彼らにとって、今の出来事はただの他人事に過ぎない。第一泉が本当に自分が聞き覚えのある朝倉泉かすらも定かではないのだ、そこまで気に掛ける方がおかしいだろう。

しかし、そこまで理由を述べておきながらも、何故かはわからないが彼らは煮え切らない思いを胸に寄せていた。



「ねえ亜久津、第六感って信じる?」

「信じねぇな」

「そう言うと思ったけどさ。…なんか変じゃない?」



異常なまでの執着。氷帝の制服。確実ではないが聞き覚えのある名前。そして、明らかに盗撮されたようなアングルから撮られていた、一瞬だけ目に入った写真。決して無意味とは思えないそれらを思い出し千石が頭を捻らせていると、亜久津は隣から「何考えてんだ」と珍しく彼の目を見ながら言い放った。



「そのうち氷帝覗いて来ようかなぁって」



可愛い女の子ウォッチングの為にね。取って付けられたような千石にしては珍しい言い訳を聞いて、亜久津は吸っていた煙草を足で潰した。
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