「大体予想はついてたけどね、こうなる事くらい」



呆れ口調で発された香月の言葉は、瞬く間に彼らによって掻き消された。



「先輩、俺りんご買ってきましたよ!後しょうがも風邪に良いって聞いたんで食べましょう!」

「ありがとう。でも生のしょうがそのままはきついかなー」

「せやな、ほなしょうが汁作ろか」

「絶対まずいC!泉、はちみつレモンのほうがEよねー?」



全員に悪気が無いのは百も承知だが、仮にも病人の前で出す声のボリュームでは無い事くらいは自覚してほしい。しかし香月のその願いは儚く散り、一向に止む事の無い喧騒にも似たうるささに彼女は頭を抱えた。



「朝倉、しょうが汁も飲んでやれ。長太郎が部屋の隅でのの字書き始めたぞ」

「それより飯食って栄養つけねーと!」

「正論だね」

「…お見舞いってこんな騒がしいものなんでしょうか」



唯一正論を言ってくれた日吉だが、その言葉に頷く者はいるもののそれで状況が直る訳ではなかった。

―――泉が香月と跡部が作った食事を食べ終え再び眠りについた頃、室内にはインターホンが何度も響き渡った。その瞬間2人は目が合い何かを悟ると、それはそれは盛大に溜め息を吐いたのはまだ記憶に新しい。

ドアに近付いていくほどはっきり聞こえてくる騒がしい声。開けた瞬間予想通りの面々がいて、2人はまた溜息を吐いた。

そして泉も起き、今の現状に至る。



「心配して来たのはいいけどもう少し静かにしなさい。泉の頭に響くでしょ」



痺れを切らした香月の一言に面々はハッとし、小声で話し始めた。あまりに単純な行動にいい加減苦笑がもれる。



「今日はもう部活にならなかったよ、皆君の事が気になってね」

「そうなの?ただの風邪なのに。なんかごめん、邪魔したみたいで」

「馬鹿言ってんじゃねーよ」



滝の言葉に泉はそれまで浮かべていた微笑みを止め、眉を下げ情けない表情を浮かべた。しかしそれを見た宍戸が口は悪いがすぐに頭をグシャグシャと撫でてやり、変わらずの不器用さに空気が和らぐ。その慣れない空気に若干の気恥ずかしさを感じた彼は、あからさまに視線を逸らすとそのままソファにドカッと豪快に座った。



「宍戸さん、慣れない事はしない方が良いんじゃないですか」

「あ?うるせーよ」

「照れてるCー!」



完全に宍戸をからかい始めた日吉と芥川はさておき、香月は仕切り直すように手を叩いて再びキッチンに立った。同時に隣に来た泉には「結局何飲むの?」と問いかける。



「…はちみつしょうがレモン?」

「全部混ぜちゃう感じで行くのね」



果たしてそのメニューがどんな味になるのかは未知だが、作ってみると意外や意外、それぞれの味が上手い具合に引き立ち結局泉はそれを2杯も飲んだ。最後にすりおろし林檎も食べて満腹になった所で、早々に薬を飲みそのままベッドに直行する。



「無防備やなー男しかおらん中で寝るなんて」

「喧嘩は高価買取だよー」



忍足の冗談に周囲は笑い、その中でも日吉は香月が掲げた包丁を取り上げる。もっぱら損な立ち回りである。



「はぁ…可愛い先輩…」

「まるで恋する乙女だね」

「きしょくわりぃー」



鳳の感嘆に滝が微笑み、向日は呆れ。そのまま一同はしばらく泉の寝顔を見つめていたが、いくらなんでもずっとそうしている訳にはいかない。帰りたくないと駄々を捏ねる芥川らを忍足と日吉がなんとか引っ張って、玄関までぞろぞろと歩く。



「安西と跡部は残っててえぇんちゃう?」

「言われなくてもいるつもりだ。お前らはさっさと帰れ」

「あとべずるーい!」

「いーきーまーすーよ」



最後までうるさいままバタン、と扉が閉まり、ようやく跡部と香月を抜いた彼らは去っていった。泉が寝ている部屋に戻った2人は、まさに一仕事終えたという風に近くの椅子に深く腰掛ける。



「本当は2人きりが良かったんだろうになんかごめんねー」

「この減らず口をどうにかしろ」

「いででででっ!…っと」



香月が跡部に口を引っ張られ声を出した矢先、泉は軽く寝返りをうった。それに反応した跡部は、すぐに香月から手を離す。



「ベタ惚れ」

「うるせぇ」



それから2人は特に会話をするわけでもなく、ただ、泉の寝顔を穏やかな眼差しで見つめていた。
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