「泉先輩!」

「あら?」



変わらず和気藹々とした雰囲気で昼食をとっていた4人のクラスに、突如鳳と日吉が現れた。珍しい来客に泉だけではなく他の者も不思議そうな表情を浮かべている。



「日吉まで来るなんて珍しいわね」

「鳳が1人で3年の教室に行くのが嫌だからって、無理矢理連行されてきたんです」

「なるほどー。大変だねーひよCー」

「で、どうしたんだ」



しばらく他愛も無い話を続けていた彼らだったが、跡部の切り出しによって話の内容は本題に移る。



「あの、物理で全然わからない所があったので聞きに来たんですけど、まだ食事中なみたいなんでまた後で来ます!」

「そういうことかぁ。ごめんね、今日食べ始めるの遅かったんだ。でももう食べ終わるしちょっと待っててもらえるかな?」



用件というのはそんなもので、泉から許可を得た鳳は嬉しそうに返事をし、言われた通り彼女の横に座り食べ終えるのを待ち始めた。そのあまりにも浮かれた態度を見て跡部は眉を顰め、咎めるように口を開いた。



「おい鳳、俺は全教科得意科目だぜ?なんで俺様に聞かねぇんだよ」

「ただ単にあんたみたいなスパルタに教わりたくないだけでしょ」

「怒られたら落ち込むタチですから、跡部さんに教わっちゃ後が面倒なんですよ。鳳の場合」






その質問に真っ向から答えるのは流石に勇気が入ったのか、鳳はわかりやすい程に狼狽え始める。しかしそこで助け船を出したのは、意外にも香月と日吉だった。日吉に至っては助け舟なのか保身なのか曖昧な所ではあるが。それを聞いて芥川は「確かにー」と、これまた失礼な事を言いながら同意するように頷いた。



「あとべ1回で理解できなかったら怒るもーん短気だからー」

「俺様をまるで鬼のように言ってんじゃねぇよ」

「だって鬼でしょ?…嘘だってば。鳳君物理やろっかー」



いつの間にか全員が鳳の助け舟となっていたので泉も調子に乗り発言してみたが、どうやら失言だったらしい。鋭い目つきで睨まれたことにより、彼女は無理矢理気を逸らした。

泉の説明が始まった直後、鳳はその真剣な横顔にキャピキャピとまるで恋する乙女のように振舞っていたが、それは日吉が黙らせた。勿論すぐには収まらなかったが、折角彼女に教えてもらっているということで、少し経てばその表情にも締まりが出た。



「あぁ!よくわかりました!先輩ありがとうございました!」

「わかりやすかったです、ありがとうございました」

「いいえ、こんなのでよければまたいつでも聞きにきてね」



勉強を始めてからものの5分程度だろうか。泉の解りやすい説明のおかげで鳳、それに念の為聞いていた日吉は内容をすぐに理解し、それと同時にもうすぐ昼休みも終わる為、小走りで教室から出て行った。

しばらくそのちぐはぐな後ろ姿を見守っていた4人だったが、彼らもこの後移動教室なので間もなく教室を後にした。



***



「あれ、移動教室かいな」

「あ、侑士」

「あ、変態」

「酷ない?その呼び名」



他愛も無い事を話をながら実験室に向かっていると、途中で侑士に遭遇した。開口一番早速香月から吐かれた暴言にちょっと傷付いてるようだけど、ドンマイとしか言いようがない。

そう思っていると、何を思ったか私の後ろにいたジローが突然侑士に飛び付いた。失礼だけど、ジローが侑士に飛び付く事なんて早々無いから何事だと首を傾げる。どうやら手に持ってるいちご牛乳のパックが原因みたいだ。



「Eーなー!いちご牛乳俺も飲みたいC!」

「何柄に合わねぇもの買ってんだよ、お前が可愛さアピールしても気持ち悪ぃだけだぞ」

「俺が飲むはずないやろ!これは岳人の…あ」

「え?うわっ!」



そこで侑士が言葉を詰まらせたから何かと思い後ろを振り向こうとした瞬間、私の背中に大きな衝撃が走った。

カシャン、と聞きたくない音が耳に入る。

衝撃の犯人は向日君で、それによって眼鏡が取れてしまったのだ。正面にいる侑士に咄嗟に抱き締められ、景吾が若干焦った手つきで眼鏡をかけてくれる。



「よくも忍足の分際で易々と泉に…!」

「なんでやねん!俺庇っただけやん、って痛いわ!」



助けてくれたにも関わらずこんな扱いを受ける侑士って。これには流石に申し訳ない気持ちになりつつも、こうなった香月を止める程の力を私は持っていないのでそのままやり過ごす。



「早くそれよこせよ侑士ー!」



しかも向日君にはパシリ扱いでとことん不憫だな。そうして時間が無いからとジローに腕を引っ張られて教室に向かう途中、振り返って侑士の様子を見たらその肩はがっくりと下がっていた。ご、ごめんね。



***



「ふぅ…」

「溜息つくと幸せ逃げるわよー」

「いえ、幸せの溜息です」



学校が終わるなり、私は迎えに来てくれた北野さんの車にすぐに乗り込んだ。理由は勿論仕事に直行する為で、満足げな私の表情を見て察してくれたのか北野さんも綺麗な笑みを浮かべている。



「その様子じゃちゃんと皆に言えたみたいね」

「はい、バッチリ」

「良かった良かった」



北野さんとの会話はそれだけで終わったけど、沈黙が続いても居心地は良かった。

今日1日学校にいて、私が危惧していたような皆の態度の変化というものは全く見られなくて、心底安心した。むしろ秘密を無くしたことで肩の荷が下りたような気もするし、以前とは違う穏やかな気持ちになれている。

それもこれも全部あの人達のおかげだなと思うと、こんな平凡とは言い難い日常もあながち悪くないかも、と1人微笑んだ。
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