「実感わかへんなぁ、身近にモデルがおるなんて」



部活の帰り道。車の迎えを寄越そうとした跡部を止めた忍足は、ポツリと呟くように昼休みの話題を掘り返した。この事については2人で話したかったのか、他のメンバーとは帰るタイミングをずらしたようだ。



「で、なんで俺様が徒歩で、しかもお前と肩を並べて帰んなきゃいけねぇんだよ」

「まぁまぁ、えぇやろたまには」



しかしその突拍子もない行動に跡部は不服そうな表情を浮かべるばかりで、忍足は彼の肩をぽんぽんとあやすように叩く。無論瞬時に取り払われるのだが。



「自分、最近泉と進展とかあるん?」



するとそこで、これまた何の突拍子もない問いかけが静かな帰路に響いた。口調は軽口だが雰囲気はそれでは無い。空気を読む事に長けている跡部がそれを見抜くのは朝飯前で、彼は質問には答えずまず忍足を睨むように見上げた。



「頭でも打ったか」

「雰囲気考えろや」

「充分空気読んでるつもりだぜ」

「せや、自分はそういう奴やったな」



何を今更。そう皮肉ったのが伝わったのか、忍足は苦笑を1つもらした後に観念したように息を吐き、見上げてくる跡部と視線を合わせた。中学来、結局追い抜かす事の出来なかったこの身長が跡部にとっては憎い。



「俺多分、もう遠慮出来へんわ」



てん、てん、てん、まる。秒に表すとたったの3つ程だったが、辺りが静寂に包まれているせいかその間はやたら長く感じた。そうして不意に2人の視線が前を向き、同時に心なしか雰囲気が柔らかくなる。



「誰が遠慮してほしいと頼んだ。それに俺が気付いてないとでも思ったのかよ、バーカ」



せやったなぁ。自分はそういう奴やったな。わざとらしくさっきと同じ言葉を繰り返した彼に跡部は眉を顰めたが、次第にそれは消え去り、いつも通りの彼ららしい空気が流れた。2人の表情に澱みは一切感じられなかった。



***



「宍戸純情すぎー」

「うるせぇっつーの!」



一方、2人とは別に帰り道についている彼らも、話題は昼休みの事で持ち切りだった。特に宍戸の分かりやすさはからかいの的になっており、それ見て若干複雑そうな表情を浮かべている鳳に滝がフォローを入れ、そのまま話を続ける。



「予想はしてたけど、本当にこの光景が拝めるとは思ってなかったよ。ね、樺地」

「ウス」



この光景、とは説明せずとも分かるだろう。



「俺だって不思議でたまらないC」

「珍しいですね、貴方がそんな事言うなんて」

「うん、でも仕方ないじゃん、本気なんだもん」



しれっと言い放った芥川の発言を区切りに、一同の動きが分かりやすいくらいに止まる。特に隣にいる日吉はその切れ長な目で彼を見据えており、まるで視線だけで宣戦布告をしているようにも見えた。



「でもねぇ、皆の事も大好きだからさー。これからも変わらないでいようねー!」



という緊迫した空気が漂ったかと思えばへらっと毒気の無い笑顔を浮かべ、振り回された他の者は困ったように眉を下げた。しかし鳳は彼の意見に大賛成なのか、勿論です!と何度も何度も頷きながら返事をしている。



「ったく、どいつもこいつも甘えやがってよぉ」

「お前が言える事じゃないよ宍戸。いい加減認めたら?」

「だからうるせーっつーの!」



途端に騒がしくなった彼らを樺地は優しく見守っている。しかしそこで、いつもは一緒になって騒ぐはずの向日が先程から1人複雑そうにしているのに彼は気付いた。何を考えているのだろうか。そう思いそれとなく近付いてみると向日もその事に気付き、寡黙な彼を見兼ねてか自分から話しかけてくる。



「なぁ樺地」

「ウス」

「俺達は、このままでいいんだよな?」



それは最早問いかけというよりも懇願に近かった。

自分と周りとの泉への感情の違いには、これまでも何度か悩まされた事があった。周りがどんどん夢中になって行く中、自分だけが置いてきぼりにされたような気がしてならない。そんな悩みを向日は此処に来てようやく口に出せていた。まだ話は終わら無さそうなので、樺地も黙って言葉の続きを待つ。



「そりゃあ俺だってあいつは大好きだぜ?でも、皆が言う所の好きとはぜってぇちげーんだよ」



頭の整理が利かなくなったのか、ガシガシと頭を掻く向日。そこで樺地だけではなく全員が静かになったのに気付き、彼はおもむろに顔を上げたのだが、そこには小さな子供を見るような目で自分を見ている彼らの姿があった。後輩にまでそんな目を向けられた事に腹が立ったのか、思わず噛み付くように吠える。



「なっ、何見てんだよ!」

「意外とロマンチストなんですね」

「うっせーキノコ!」



恥ずかしさと怒りからか、向日の頬は朱を帯び始めている。



「心配しなくても大丈夫だよ」

「…何がだよ」

「泉がどうこう以前に、まず俺達は俺達でしょ。そんな簡単に変わるもんじゃないから、大丈夫」

「そうだよ、俺だってさっき言ったじゃん〜。がっくん聞いてなかったの〜」



そこで滝のあやすような言葉と芥川の追い打ちが来て、彼は何か言い返してやりたい気持ちになったが、結局何も言う事が思い浮かばず口をきゅっと噤んだ。

わかってるっつーの!

半ば自棄の叫びは住宅街に大きく木霊し、ベランダで洗濯物を取り込んでいた老婆からうるさいよ!と怒られる。彼らはそれに一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて向日が逃げ出すように走り始めたのを見て、大きく笑った。
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