そして、待ちに待った昼休みがやって来た。 「じゃあ行こっか!」 何も考えていないようで意外と鋭いジローは、今から私が何かを言おうとしている事にきっと気付いているんだろう。いつものようにグイグイ腕などは引っ張ったりせず、落ち着いた様子で私達の前を歩いている。そりゃあ授業中に3人であんなこそこそしてれば嫌でも気付くよね、ごめんねジロー。 香月と景吾、それに優兄が言葉をくれたおかげで不安はない。でも、緊張だけは依然解ける様子はなさそうだ。 「泉緊張してるねー?ダイジョブ?」 「ん?そんな事ないない、ありがとうジロー」 「俺は大丈夫だからね〜」 …本当にもう、なんてったってこの子は可愛いの。そんな想いで香月と景吾を見上げれば、2人も同じように微笑んでいた。 それからあまり口数も少ないまま歩き続け、約5分後には部室に到着した。室内には既に2年生3人組がいて、私達が来たのを始めにどんどんと人が入って来る。 「で、なんだよ急に!」 「ミーティングか?」 ―――いよいよだ。 しばらくして部室に全員が揃うと、まず向日君と宍戸君が普通持つであろう当然の疑問を口にした。 「いいや。むしろ今日は俺からの話じゃねぇ」 景吾の言葉に皆は一瞬不思議そうな顔をしたけれど、視線の先に私が居る事に気付いてからはその目は全て私に向けられた。こうも大人数に一斉に見られるといやでも緊張感が増してしまい、それを察して背中に手を当ててくれた香月に作り笑顔を浮かべる。 そんな私の普段とは違う雰囲気を皆は悟ったようで、更にそれで勘付いたらしい日吉君と滝君は、日吉君は複雑そうな、滝君は見守るようなといったそれぞれ違う感情を浮かべた。 「言っちゃうんだ?」 「何や水くさいなぁ、はよ言ってや」 侑士の催促で今一度気持ちを固め、すうっと深呼吸をする。 「あの、実はね、私Miuなんだよね」 …ってもうちょっと気の利いた言い方あるでしょ自分!そう思ったのは皆も一緒だったのか、ちょっと意味が分からないという風に首を傾げられた。そこで向日君がMiuってモデルの?とナイスな質問をしてくれたので、こくんと一度頷く。そうしたらしたでまたポカーン。あまりの拍子抜けた顔に香月が噴き出したのには、今は何も言わない。 「お前…どうした?」 「いやいや」 そんな沈黙を最初に破ったのは意外にも宍戸君だった。何やら頭の心配をされてるようでちょっと不服。 「べっぴんさんやっちゅーのは気付いとったけど、Miuってホンマかい」 「え、え?これってドッキリとかじゃないですよね?」 「泉がMiuー…?」 とはいえ、言葉だけ言った所でそりゃあすぐに信じられるはずがないだろう。唯一あまり動揺してないように見える侑士でさえいつものポーカーフェイスが崩れているし、やっぱり困らせちゃったかな、と一瞬ネガティブ思考が出て来たのを必死に掻き消す。 「驚くのも無理はねぇだろ」 「もう見せた方が早いんじゃない?」 2人の助言を早速行動に移す事にし、眼鏡を取り三つ編みをなるべく手早くほどいていく。ついでに景吾がジローのロッカーからMAGICを取り出して来て、素顔の私と雑誌の中の私を横に並べた。 また同じように数秒の無言が振りかかり、次に聞こえて来たのは数人分の大きな大きな溜息だった。 「これは流石に1本取られたわ…こういうオチかいな」 「マジマジ本物じゃん…俺ぜんっぜん気付かなかったC」 「朝倉、雑誌の中と全然ちげーじゃん!」 そりゃあ撮影中は完全に切り替わるからね、というのは興奮している向日君に言っても伝わら無さそうだったので、曖昧に頷くだけしておく。ついでにチラリとまだ何も言ってこない宍戸君と鳳君に視線を移すと、2人は私と目が合うなり電流が走ったようにビクッと肩を強張らせた。宍戸君は石のようにその場に固まり、反対に鳳君は大きな音をたてて立ち上がる。 「本当に凄く凄くびっくりしましたけど…泉先輩は泉先輩です!俺が先輩を好きな気持ちは変わりません!!」 室内に響き渡らんばかりの大声にハギがやるねーと呟き、私もその勢いに圧倒されつつありがとうと言い返す。確かにド迫力だけど、純粋で真っ直ぐな気持ちは素直に嬉しかった。 「俺、そういうの疎いからあんまわかんねぇけど、困った事あったら言えよ」 頭をガリガリと掻きながら言葉をくれた宍戸君は、やっぱりまだまだ動揺は消え無さそうだったけどその言葉は私を安心させるのに充分な効果があった。 トン、と肩を叩かれ上を見れば、微妙に納得のいって無さそうな日吉君の顔がある。だからその手に自分の手を重ねて軽く肩をすくめれば、彼は珍しく、ほんの少しだけ口角を上げてくれた。 「突然こんな困らせるような事言っちゃってごめんね。でも、最近自分の中で色々考え直す機会が多くて、皆には自分の口から言っておきたいって思ったの。…これからも、」 「当たり前だC!」 「今更な事言うなよ?」 口に出すのに少し勇気がいる言葉も、ジローと向日君が全部笑顔に変えてくれる。…余計な言葉はいらないって、こういう事を言うのか。皆と自分との間にこんな大きな特別感を抱いたのはこれが初めてで、それは少しくすぐったいけど凄く嬉しいものだった。 「おいお前ら、休み時間後少ししかねえから早く食うぞ」 「そうね、お腹空いたわー。ほら泉、いつまでもにやにやしてないで食べる!」 何度言っても足りない胸の中にある言葉は、この雰囲気で言うにはちょっと恥ずかしい。だから代わりに香月と景吾の間に座り2人にぴったりとくっつけば、皆も同じように笑ってくれた。 どうしよう、にやにやが止まらない。 |