「朝倉ーボーッとしてるなぁ此処解いてみろ」

「…−2」

「な、何だ授業に意識はあるんだな。正解だ」



翌日。

まだ1時間目が始まったばかりだというのに、泉の意識は完全に昼休みの方へ向いていた。一応授業内容は聞いてるみたいにしても、まさに上の空と言って良いだろう。俺はそんなこいつに対し小さく溜息を吐いた後、心の中で馬鹿野郎、と呟いてから口を開いた。



「何緊張してんだよ」

「え、してないよ?」

「見え見えだから」



必死に否定する泉に、香月が前の席からそうつっこむ。そのせいで朝はジローからかなり質問責めされていたし、素直なのはこいつの長所にも短所にもなるらしい。ちなみにそんなジローは当たり前のように爆睡中だ。



「本当、変な所で心配性よね」

「あぁ。あながちあいつらに支障を及ぼしたら、とでも思ってるんだろ?」



何でわかるの?とでも言いたげな顔をしている泉を見て、その顔見りゃ誰でもわかるっつーの、と思ったのは口には出さないでおく。

しかしそんな風に談笑しているうちに緊張がほぐれてきたのか知らないが、不安ばかりに包まれていた顔色は心なしかマシになって来た。



「ま、心配は無いって。私達だってついてるんだから」

「いってぇよ!」



すると不意に香月が思いっ切り肩に腕を回して来て、女にしては強すぎる力につい大声を上げる。昔からそこらの男より当たり前のように強かったが、この歳にしてそれは流石に女としてどうかと、幼馴染として心配になる。

しかし泉はそんな俺達を見て完璧に鬱憤が晴れたように笑い、俺達もそれを見て頬を緩めた。



「あんたはそうやって、いつも通りいけばいいの」

「…うん」

「バーカ」

「馬鹿は言い過ぎー!」

「いい加減静かにしてくれないかー…?」



若干の盛り上がりを見せた会話だったが、鬱陶しそうに呟いた教師の声によってそれは遮られた。だが、怖い物が無くなった泉から笑顔が消える事は無かった。



***



「ではこの文章をー…」

「はい!私読みます!」

「おぉ珍しいな朝倉!よーしじゃあ頼むぞー」



時は4時間目。この授業が終わったらいよいよ昼休みな訳で、その緊張を隠す為か泉のテンションは見ての通りおかしくなっている。いつも当てられない限り発言なんかしない癖にこの張り切り方、と思っていると、後ろから景吾の小さな溜息が聞こえたので多分奴も同じ事を思ってるんだろう。



「バレたら更に苦労しそうね」

「これ以上の苦労があるっていうのか?」

「2人共何の話!?」

「折角芥川寝てて静かなのにそれ紛いなテンションやめて、泉」



案の定景吾との会話に割り込んで来た泉にそう言ってやれば、自覚はしていたのかシュンと項垂れてたちまち静かになった。が、今度は不貞腐れたのかそのまま机に突っ伏している。

そんないつも増して子供らしい泉を見て、景吾は急に喉をクツクツと鳴らして笑い出した。なんだこいつ、と思わず怪訝な目を向ける。するとこいつは、他の奴らには到底向けないような、ましてや幼馴染の私でさえ見た事が無い柔らかい笑顔で泉を見つめながら、また口を開いた。



「先が思いやられるが、こいつにかけられる苦労ならこの先苦じゃねぇな」



…本人は普通の事言ってるつもりなんだろうな、凄い平然としてるし。でも景吾、あんた相当重症だよ。私が真顔で忠告してもこいつはいつも通りアーン?、とか返してくるだけで思わず頭を抱えたい衝動に駆られる。

その時両腕の隙間からチラリと様子を窺うように見つめてきた泉を、景吾は子供にやるような手つきでぐしゃぐしゃと頭を撫で回した。駄目だこりゃ、口を挟める隙なんて全く無いですわ。そう肩をすくめたと同時に4時間目終了のチャイムが鳴って、分かりやすいくらいに動揺した泉はガタガタッと椅子から飛び上がった。焦りすぎ。
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