あの人と分かれ、ようやく誰からも見られない場所に来てから俺は大きな溜息を1つ吐いた。

全てが反則だと思った。

そもそも事の発端は、部活がミーティングだけで終わって時間が余ったから、図書室に本を返しに行ったところにある。



「わっ!?」



ドアを開けるといきなり柔らかい髪が飛び込んできて、誰だと思って視線を下げればスカートは異様に長いのにあまりにも綺麗で、でもどこか気まずそうな顔がそこにはあった。そして彼女の視線の先を辿ると、反射的にキャッチしたのか俺の手の中には今時あり得ない古臭い眼鏡があった。

古臭い眼鏡にやたら長いスカート。今は三つ編みでは無いようだが、そこで俺はようやくこの人が朝倉泉だということに気付いた。そして俺は納得した。何故、先輩や鳳がこの人に夢中になるのかを。



「(あの雑誌か)」



その顔には確かに見覚えがあった。芸能などの分野には全く興味無いが、あれだけクラスの大半の女達が雑誌を広げていればいやでも目に入る。「分かりますか?」あの質問がこの推測を確定させた。加えて、どうやらあの焦り方からして正体は俺しか知らないようだ。…このちょっとした優越感を感じていたいから、絶対にあの人達には教えない。

―――それにしても。なんの媚びもない話し方や、自然に行っている仕草、立ち振る舞い。女のそういうものを素直に綺麗だと思ったのは、さっきが初めてだった。1番近いからという単純な理由で氷帝に来たのには驚いたが、とにかく自然体だと思った。…ただ、最後の笑顔に関しては、狙いなのか、否か。

とりあえずあの笑顔が、いや、あの人自体が反則だと思った。…そう、ただ反則なだけだ。俺は先輩達や鳳みたいに興味なんか持ってない。言い聞かせるように何度も頭の中でその言葉を反芻させていたが、そういえば肝心の本を返し忘れた事に気付き、思ったよりも動揺している自分が情けなかった。



***



何でこんなにテニス部ばかりと関わりが出来ちゃうんだろう、とさっき会った日吉君の顔を思い出しながら思わず眉間に皺が寄る。というよりも、問題なのは初対面の日吉君に正体がバレてしまったことだ。彼が真面目そうだというのが唯一の救いで、自分の落ち目には肩を落とさざるを得ない。



「泉ー!」

「はーいっ」



そんな考え事をしていたら、仕事現場でマネージャーの北野さんに呼ばれた。それに一度気を取り直すように両頬を叩いてから返事をし、そっちに向かう。さて、仕事だ仕事だ。



「あっここではMiuね。ごめんなさい」

「いえいえ」

「聞いて驚きなさーい、今日はPICK UP MODELのインタビューよ」

「本当ですか!?」



あまりにも嬉しすぎる報告に思わず飛び付くと、北野さんはあやすように頭を撫でてくれた。PICK UP MODELとは、これからブレイクするであろうモデルさん達を紹介する雑誌の名前だ。薄い冊子ではあるけれどこれに載ってブレイクしなかった人はいないという程で、まさに有名モデルの登竜門である。そんな雑誌に自分が載るなんて、と信じられない反面、やはり嬉しさの方が断然勝っていた。



「CMやら色々頑張ったもの、努力が報われたのよ。おめでとう」

「本当に嬉しいです、ありがとうございます!」

「で、明日はMAGICの撮影。これから今まで以上に忙しくなると思うから、体調管理にはしっかり気を付けてね」

「はい!あの、北野さん」

「何?」

「これからもよろしくお願いします」



私がここまで来れたのは間違いなく北野さんの支えのおかげだ。うっかりした物忘れが多い私の代わりに細かな事まで気を配ってくれて、何度助けられたかもう数えきれない。だから感謝の気持ちをこめて笑顔でそう言えば、北野さんも柔らかい笑みを返してくれた。



「当たり前でしょ。じゃあまず衣装替えからね、行くわよ!」

「はい!」



そして足先はメイクルームに向けられ、そこに着くと入ってすぐのところに今日の衣装であろう洋服がかけられていた。うわー可愛い!私はその衣装を見るなりすぐに飛びつき、顔を綻ばせた。スタイリストさんが選んでくれた今日の衣装は、白のふんわりとしたチュニックに黒のショートパンツ、そして茶色のブーツに小さなハートのネックレスというものだった。メイクはベージュ系で、髪型は先ほどの多少巻きがかかった状態でゆるく2つ結び。シンプルな中にも女らしさがあって、こういう素敵な洋服をたくさん着れるからこの仕事はやめられないんだよなぁ、としみじみ思う。



「緊張してテンパらないようにね?」

「わかってますぅー」

「Miuさーん!スタジオ入りしてくださーい!」



着替えもメイクも終えて鏡で最終チェックをしていると、私の名前を呼ぶアシスタントさんの声が響いた。その声を合図に今一度意気込み、私と北野さんはスタジオへ出向いた。
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