「何かボーッとしてるけど大丈夫?」



今俺は泉と一緒に浮き輪を取りに来ている訳だが、情けねぇ事にこいつの姿を直視出来ないでいた。胸元まで下げられたジッパー、白いうなじに手足、俺も立派な男なゆえそれらに見入ってしまうのは必然的だった。そんなこっちの気も知らずに顔を覗きこんで来た泉には、また目を逸らしてあぁ、とだけ答える。



「ねぇ、景吾」

「なんだ?」

「私、今日初めてモデルやってる事後悔した」



すると、泉は唐突にそんな事を言い出した。予想外の言葉に俺のくだらない考えはすぐに頭の片隅に追いやり、静かに何でだよ、と聞き返す。



「だって、仕事がなければずっとこうやって皆の側にいられたもん。景吾の側にも」



普通こういう時に言うか?それ。流石に安易に言うなと叱りつけてやりたくなったが、今は堪える。



「馬鹿言え、モデルをやってるからこそ今のお前がいんだろ」

「…うん」

「時間は少なくても、俺も他の奴らもお前の側にいるから安心しろ」

「…ありがとう」



少しの沈黙が続く。視線を下げて泉を見れば、納得していないという訳では無いだろうが、それでもどこか自信なさげな表情がそこにはあった。相変わらず変な所でウジウジしやがって。そう思い、引っ手繰るように強引に泉の手を掴む。



「景吾?」

「らしくねぇ顔浮かべてんじゃねーよ。今は楽しむんだろうが」



泉の顔も見ずに、ついでに歩調も合わせずに1人でズンズンと歩き出す。それから数秒後、背後からは楽しげに笑う声が聞こえ、同時に左手に力がこもった。



「そういう景吾も対外不器用だよね」

「お前に言われたかねぇな」

「似た者同士?」

「どうだか」



難しい事は考えなくていいから、お前はいつも笑っててくれ。それを口に出せたらどれだけ楽だろうか。でも今はまだ、このくらいの距離がちょうどいいのかもしれない。



***



「菊丸バズーカ!」

「つっ、冷たいのねー!」

「キャー水しぶき凄いっ」

「そこ感動するとこちゃうで」



浮き輪も手に入れ、ようやく泉も海の中に入る事が出来た。そうなると勿論全員のテンションが上がり、最早辺りはもみくちゃ状態だ。そんな中、そもそもの着目点をはき違えている泉に白石は苦笑いでツッコんだ。どんな場でもツッコミを忘れない精神は流石といったところだろうか。



「ほれ、お前達!あっちでバナナボート乗れるぞ」



そこに榊と竜崎がやって来て、竜崎がそう言うと彼らは普段は発揮しない団結力でバナナボートの元へ駆けていった。各々凄まじい歓声を上げている。



「先輩も行くッスよ!」

「う、うん!でも赤也君、砂浜って走りずら…って、え!?」

「こうすれば問題ないじゃろ?」

「仁王ーー!どさくさにまぎれて何やってんだよぃ!」



切原に手を引かれるも走りずらそうにしている泉を見兼ね、仁王は後ろから彼女を抱き上げた。それに猛反論するのは近くにいる丸井で、例えるならば、闘争心を剥き出しにした動物のようだ。



「楽じゃろ?」

「でもさ、だっこっていうのは恥ずかしいんだけど」

「おんぶのほうがえぇ?」

「うん」

「良いのかよ!」



華麗なツッコミをかますジャッカルだが、彼の意見は正しい。



「仁王、覚えておきなよ」

「精市、殺気立っているぞ」

「全く、レディーに対してなんという扱いですか!」

「うむ。制裁を加えねばならんな」

「その時は是非ご一緒させて下さいね、真田さん」

「落ち着け長太郎」



先陣を切るのは泉をおぶったまま全力疾走する仁王。それを追いかけるようにいつものお子様組が必死な血相で走っているが、その表情はホラー映画顔負けだ。後ろを歩く立海陣に鳳と宍戸は、とても顔が引き攣っている。



「待てこんにゃろー!!」

「泉返してー!」

「何やしらへんけどアカンで銀髪の兄ちゃんー!」

「ピヨッ」

「わーい楽しいー!」



本気で追いかけている彼らの心の内など彼女がわかるはずもなく、仁王に完璧に身を預けケラケラと笑っている。ちなみに、お子様組の中でも向日、芥川は群を抜いて必死になっている。遠山についてはただ楽しんでいるだけのようだが。



「何や妬けるなぁ跡部?」

「…別に」

「あーウザイなんやねんもう泉さんも安心しすぎやろっちゅーかあれってセクハラちゃうん」

「こういう時こそ落ち着かなアカンたい、財前」



それに文句を言う者もちらほらといたが、所詮バナナボートまでの距離などわずか数百m。仁王の至福の時間はすぐに流れていった。しかしそんな事はお構いなしに、彼らはバナナボートに乗り込む用意をする。気分はお待ちかねのパーティーの始まり、といったところだ。
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