「…あ!」



ちょうど試合が終わって少し休憩していた俺は、たまたま合宿所に入っていく朝倉先輩の姿を見つけた。先輩が1人の時ってあんまねぇし、もしかしたらこれってチャンスかも?そう思った俺は周りを見渡して誰も見ていない事を確信した後、静かに、でも素早く先輩の元へ走っていった。

後少し、後少し!



「朝倉先輩っ!」

「あら?切原君?」

「ちっす!」

「どうしたの?練習中に。何か忘れ物?」



全力疾走で来たのはいいものの、その言葉であ、やべぇと墓穴を掘った事に気付く。そうだ、今普通に練習中だった。それ用の言い訳考えて無かったー!やべー!でも貴方に会いに来ました、なんて口が裂けても言えねー!どうしよう俺!焦っているうちにも朝倉先輩はどんどん不思議な表情になっていくから、俺はとりあえず、まぁそんな所っす、と曖昧すぎる返事をした。ダサすぎる。


「そうなんだ。随分急いでるんだね」

「えぇ、まあ…っ!?」



それでも意外とあっさり引いてくれたのでホッとして、改めてこっちに向き合って来た先輩を見た…んだけど!なんで濡れてんだよ!?まさかの事態にまた俺の心は焦りに焦る。

そして何よりも言いたい事がある。



「あ、あの…朝倉先輩」

「?どうしたの」

「…………透けてるッス」



…そういう事だ。

俺の言葉を理解するのに時間がかかったのか、朝倉先輩は一瞬キョトンとした後、すぐに真っ赤になって胸の前で両腕をクロスした。ピンク、としっかり頭の中に刻み込んでしまった自分が情けない。



「な、なんで気付かなかったんだろう…ごめん、見苦しいものを」

「え、や、あの、これでよければどうぞ!」



照れてる先輩も新鮮だけど、そのままにしておく訳にもいかねぇから俺は自分のジャージを先輩に着せた。そうすると先輩は、はにかんだ表情で俺を見上げありがとう、と小さく呟いた。



「あ、お、俺、忘れ物取りに行く必要なくなりました!なんで行きます!」

「へ?あ、そう?」

「…あの」



これ以上一緒にいてまともに話せる気がしない。そう判断した俺は不自然すぎる言い逃げをしようとしたが、それじゃああまりにも男が廃れる。だから最後にもう一度先輩の方を振り向いて、1回軽く深呼吸してから口を開く。



「泉さんって、呼んでも良いっすか?」

「うん、いいよ。赤也君」



爆発しそうだ。



***



「休憩でーす!」



あれからTシャツを代え終わってマネ室に戻ると、既に洗濯もドリンク作りも終わっていた。2人は私が赤也君のジャージを持ってるのを見て、もっと早く気付けなくてごめんなさい、と心底申し訳なさそうに謝って来た。これは確実に気付かなかった私のせいで決して2人のせいではないのに、本当に律儀だ。そして可愛すぎる。

そんなついさっきの事をしみじみと思い返していると、私の声に反応し、ドリンクを求めて立海の皆が此方に走り寄って来た。



「ひぃー疲れたー!サンキュー!」

「ご苦労様」

「精市こそ。はい、雅治」

「ありがとさん」

「うむ」



早く氷帝にも行かないと何かとうるさい人がいるから、手際よく済ませる。



「あ、赤也君!これありがとう。そんなに濡れてないから大丈夫だと思うけど…」

「ぜ、全然大丈夫ッス!余裕ッス!」

「よかった、それじゃあね」



そして最後に赤也君にジャージを返して、私は小走りで氷帝のコートに向かった。



***



「赤也君って何?」

「隅におけないのぉ」

「何だよこのジャージ!」



泉が氷帝に向かうのを見届けると、幸村、仁王、丸井を筆頭に彼らは切原に詰め寄った。興味、嫉妬、揶揄、色々な感情が含まれたそれに普段の彼なら怯えている所だが、今はそれも跳ね飛ばしている。



「練習中抜け出した確率98%」

「抜け出しただと!?赤也、たるんどるわ!グラウンド20週してこい!」

「へへっ、はーい」



そんな中更に真田に怒鳴られたにも関わらず、切原は泉から貰ったジャージを羽織り、上機嫌でグラウンドに駆け出していった。



「ありゃあ浮かれてるな」

「ぬくもりを感じてるのでしょうか?」

「お前さんがそげん事言うなんて思ってもなかったぜよ」

「ロマンチストだねー」

「わ、私はそのような意味で言ったのではありません!」

「アイツ鼻歌歌ってるし!超ムカツクー」

「もう10週くらい追加してもいいんじゃないか?」



周りが切原について話す中、当の本人はそんなこと知るはずもなく、ただただ上機嫌に走り続けていた。
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