「すっっげぇーー!」

「毎回毎回良いリアクションをありがとう、金ちゃん」



本日のメニューは、食べ盛りの高校生にちなんだ特大ハンバーグのようだ。普段中々見かけないそのハンバーグの大きさに、食堂のあちこちから歓声が聞こえる。



「ソース何使っとるんすか?」

「これはね、ケチャップとマヨネーズを合わせたもので、オーロラソースっていうの。私は好きな味だけど、普通のデミグラスソースとお好みで選べるから好きな方で食べてね」

「泉さんが好きいうなら特製ソースにしますわ」

「現金なやっちゃなぁ」



財前のいつものキャラ崩壊が出たのを見て謙也は困ったように呟き、そんな状況の中、本日の夕食が始まった。

味噌汁を配る泉に、それぞれ褒め言葉を投げかけていくメンバー達。それに本気で喜ぶ泉は、屈託のない笑顔を彼らに向けた。



「マヨネーズとケチャップのみでこんなに美味いのか…今度家でも試させてもらうよ」

「凄い乾君!よく一口食べただけで材料わかったね」



全員がハンバーグを頬張っている中、先に食事を済ませておいた泉は1人大量のタッパーを持ち、そのまま周囲に気付かれないよう食堂から出た。

喧騒から離れどんどん離れ、1人廊下を歩く。



***



鍵を開けて冷蔵室に入り、床に置いていた大量のタッパーを再び抱え直す。重いドアは片足で開けておいて、身が縮こまるような冷気に震えつつとりあえず1番近くの棚にそれらを置いた。このタッパーの量は厨房にある冷蔵庫じゃ場所を取りすぎてしまうと思い、わざわざ此処までやって来たのだ。とそこでタッパーが崩れそうになったので、私は慌てて中に身を滑り込ませそれらを整理した。ギリギリセーフ。

そんな感じで任務は終わったし、さぁさぁ帰ろう。そう思いドアを押したけど、分厚いそれは何故かビクともしない。



「…あ」



その原因はすぐにわかった。思わず声が漏れる。合宿の初めに説明された諸注意が頭の中にポン、と浮かぶなり、私は全身から血の気が引いていくのを感じた。

この合宿所の冷蔵室、及び冷凍室のドアは、中の冷気が漏れないようにオートロックが適用されいる。重いドアのおかげで半ドアになる心配が無いのは有難いけど、その代り出入りの際はどちらも鍵を使わなければいけない。しかしその鍵は今外に差さっている。タッパーを持つ事に気を取られ過ぎていた上に、それらが崩れそうになるという予想外の展開に開けていた片足を離してしまったから、すっかり抜き忘れたのだ。ありえない。

冷凍室じゃないのがせめてもの救いにしても、どっちにしたって今の私は半袖短パン。そんな中冷蔵室にいれば体感温度は低くなって行く一方だ。皆はまだ食事を始めたばかりな上に、鍵穴に差さっている小さな鍵に気付いて貰えるかも微妙な所。食べ終わるまで、おかわりを含めたとしてもあと最低30分はかかる。

…この状態であと30分も?

既に震え始めている体。冷蔵室に暖かい場所なんてない。何処かにうずくまってみても、床は暖まったりしない。助けを呼ぼうにも、唇が震えて上手く喋れない。景吾、日吉君、ごめんなさい。絶対に外すなと念を押してきた2人の表情が頭に浮かんだけど、私はそれに逆らってゆっくりと頬に当たる冷たくなった眼鏡を外した。お願いだから誰か来て。そんな他力本願な自分に嫌気が差して、座っている状態の両膝に顔を埋める。流石に、ピンチ。



***



ふと周りを見渡してみると、奴らはいつも通り美味そうに飯を頬張ってるが、泉の姿が見当たらない事に俺は気付いた。

何故か嫌な予感がする。そう思った俺は内心舌打ちをしながら、静かにその場を立った。



「どこ行くん?」

「先にシャワー浴びてくる」

「いってらっしゃーい」



近くにいた忍足とジローに適当な言い訳をして食堂を後にする。…この予感が当たらなければいいが。そう切に願うものの、自然と速くなった足取りと共に、俺の不安は留まる事を知らない。



「泉様ですか?」

「あぁ、見てないか?」

「申し訳ございません、見かけておりません。見かけましたらすぐお伝え致します」

「…頼む」



そうして廊下で会った支配人にも行方を問いかけてみるものの、結果はこの通り不発。眉間の皺の数が物凄い事になっているであろうが、垂れてくる冷や汗に比例してそれは増していくばかりだ。何処にいるんだよ、馬鹿野郎。



***



「部長」

「何や?」

「…おらへん」

「は?」



財前がむっさい顔で話しかけてくるからなんやろ思ったら、奴は急に不安げにそう言って来よった。誰がやねん、と聞き返そうと思ったのも束の間、こいつがこんな顔をする相手はあの子しかおらへんと思って周りを見渡す。すると、確かに俺の視界にもあの子は入らんかった。



「トイレか風呂でも行ってるんちゃうん?」

「30分ぐらい前からいないんッスわ」

「どんだけ前から気にしてたん」



だから無言だったんやな、と人知れず納得する。でもまぁ、30分も無断でいなくなるっちゅーのは変な話や。



「ほな探しにいきましょ?」

「アホか。今俺らが2人で出たら、他の奴ら絶対気付くやろ」



気が気じゃない財前を宥めようとするも、相当気が立っとんのかこいつは更に言葉を捲し立ててきよった。



「だって跡部さんもおらへんもん」

「…跡部も変わったなぁ」

「そんな事どうでもいいんッスわ、泉さんが」

「落ち着きいって」



とりあえず泉が作うてくれた飯ちゃんと食い。引き合いに泉の名前を出せば効果は絶大だったようで、財前はようやく落ち着いておかわりした飯を再び頬張り始めた。それを見て一息吐く。でも、他の奴らが気付くのも時間の問題や。あー気付いたら絶対厄介な事になるわ。

なんて他人事目線で考えとる俺も、本当の事を言えば内心心配でしゃーない。…かっこ悪。思わず認めてしまった気持ちには苦笑しか出んかった。
 6/8 

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