「…───と、いうことなんだ。そちらのマネージャーに迷惑をかけてすまない」

「いや、気にするな。切原は大丈夫なのか?」

「今泉と話している」



切原の異常なまでの暴走に、立海と氷帝は練習を一時中断せざるを得なかった。幸村が跡部に事情を説明するなり、跡部は顔を曇らせ顎に手を当て、何かを思案するように一点を見つめ始める。



「それって危険じゃね?」

「もう落ち着いたので大丈夫ですよ」

「なら良いけどよ」



向日の問いかけに柳生が答え、宍戸が呟く。今は切原も落ち着き、泉と2人で何やら話し合っているらしい。



「そもそも切原君は何で暴れ出したんですか?」

「…侵入者がの」

「侵入者?」



仁王の発言に、滝を始め氷帝メンバーは首を傾げた。侵入者、という言葉は彼らにとっては聞き慣れないもので、一体何があったのか見当もつかない。特に跡部に至っては、自分の所有地である此処でそんな物騒な事が起きるとは到底思ってもいなかった。



「俺達も未だに不明な点が多いのだが」



そして柳が代表して、一連の説明を話し始めた。



***



それは、切原が1人で水道へ行った時に起こった。



「あーあっちぃー」

「オイそこの僕ー」

「…は?」



突如聞こえた自分を呼び止める声。その、明らかになめられた口調で呼ばれた事に対し切原は若干腹を立て、目つきを鋭くしながら後ろを振り向いた。



「河辺桜って子ここにいねぇ?」

「誰だよそれ」

「じゃあデマか」



振り向いた先にはだらしない風貌の男が2人立っており、突如投げかけられた不可解な質問に切原の眉間には更に皺が寄る。しかもそれは一度に留まらず、2人は何人かの女性の名を挙げては切原に問いかけた。が、勿論彼は知らない。



「そろそろ行くんで」



そのあまりのしつこさに嫌気がさし、練習に戻ろうとした時。



「ちょっと待てよ!じゃあ、朝倉泉は?」

「っ、?」

「あ、ビンゴ!」



1人の男が泉の名前を出した。何故彼女の名を知っているのか、そして何をしに来たのか、様々な疑問が飛び交う切原の頭の中はパンク寸前だった。



「へぇー、ここら辺にいるってマジだったんだな」



そう、この2人は泉が今この辺りにいる事を、目撃情報を参考にし知った者達だった。

泉の芸名はMiuで本名は非公開だが、ネットというものの情報網は限りなく、流出している事なんざ多々ある。その流出情報も真実だけではないので、先程いくつもの女性の名前、つまりMiuの本名の候補を挙げて確かめていたのだろう。



「学生が見えたから来てみたらビンゴなんてなぁ、ラッキーだぜ」



そう厭らしく笑う2人に対し、切原はとてつもない嫌悪感を覚えた。



「で、なんなワケ」



沸き上がってくる怒りを必死に抑え、更に鋭くなった眼光でそう問いかける。が、次の言葉にはその怒りを抑えることが出来ず、とうとう憤怒してしまった。



「いやー、モデルと会えるなんて滅多にねぇじゃん?」

「そーそー、だからどうせなら俺らと他の仲間も呼んでマワしちまおうと思って。あ、僕も情報提供してくれたし来る?」



モデル、という単語が出たがその時の切原にそれについて考える余裕はなく、ただ泉を傷つけようとしている男達への憎悪しか生まれてこなかった。









「それでキレた赤也が殴りかかろうとした所を、通りかかったジャッカルが止めたって訳」

「うむ。その隙に男共は逃げてしまったようだ。全く、たるんどる」



柳だけではなく幸村と真田の補足説明により、氷帝は納得したのか難しい表情で頷いた。



「ありえないC」

「っつーかそもそもモデルってなんか勘違いしてるよなー」

「…そのモデルの名前は言っていかなかったんですか?」



メンバー達の反応に冷や冷やしつつ、日吉は気になった事をまず問うた。



「多分」



シンプルな返答をした後に、仁王は日吉にだけ聞こえるようにお前さんは知っとるんじゃな、と呟いた。果たしてこれまでの会話の中で、泉がモデルかもしれないという疑問を本気で持った者は何人いるのだろうか。



「じゃあそういう事だから、いい加減練習を再開しよう。跡部、引き止めて悪かったね」

「気にするな」

「ほなな」



沢山の疑問が出てくる中幸村が話を括り、一応まだ練習中なのでその場は一時解散となった。しかし、彼らの胸の中には、非常にモヤモヤとした気持ちが絶え間なく渦巻いていた。
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