3日目朝〜夜

「んーっと、鳳君はー…」



合宿3日目、朝。私は今、昨日の夕食の片付けの時に朝起こしに行くと約束した、鳳君の部屋に向かってる真っ最中だ。ちなみに景吾は朝練をしに行ったみたいで今はもう一緒にいない。最後まで謝り倒されたけどね。

時刻は6時半前。見つけた部屋のドアに控えめにノックをするけど、勿論返事は無い。そうして私はドアをそーっと開けて中に入り、様子を窺った。

するとそこには無防備な寝顔をさらけ出している鳳君がいて、普段があんな感じな分(って言ったら失礼だけど)このギャップは結構くる。可愛いのなんの。



「鳳君、起きてー」

「んー…?スー…」

「あれ、意外と手強いかも」



とりあえず声をかけてみるものの、一度薄く目を開いただけでまたすぐ夢の中へ。よーし、じゃあこういう時は体ごと揺らし、て?



「…最近こういう展開多い気がするんだけど」



そう思いなんとか鳳君を起こそうと彼の体に手を置いた瞬間、体は反転しそのまま抱きしめられてしまった。最近やたらと経験するこの展開には最早慣れのようなものを感じて来て、我ながら可愛くないなと1人で苦笑する。

それよりも、この後はこの2日間でわかった寝ぼすけさん達も起こしに行かなきゃいけない。寝ぼすけさん達は皆決まって朝ご飯を詰め込む感じで食べてたから、余裕あげなくちゃ。だから、その為にも急がなくちゃなんないんだけど、どうにも身動きが取れない。



「ちょっとー…」



1人部屋なのは確かにリッチだし嬉しいけど、こういう時助けを求められないのが難点だ。私はどうしよう、と頭を悩ませた。



「むにゃ…泉先輩…」

「泉先輩だよーだから起きてー」



剣ちゃんの事もあったし、不祥事扱いなんてされたくないんですが。

と、思っていた矢先。



「おい、おおと、り…」

「…あれれ」



まさかのドアが開いた。…んーっと、これはちょっと



「たっ、たるんどるぅうぅう!!!」



やばいんじゃないかなぁ。



***



「ほんっっっとにすみませんでした!!」

「ほんまシメるで」

「財前、なんでお前が言うねん」



鳳君の腕の力が緩んだところを見計らって脱出したのは良かったけど、2人でベッドの上にいるという状態からは抜け出せなくて。そんな時に超バッドタイミングで入ってきたのが厳格な真田君で、彼は私達の状況を見るなり合宿所全体に響き渡る程の声量で怒鳴り出した。勿論ちゃんと経緯を説明して納得して貰って今に至る。全く持って運が悪すぎた。



「本当に何もされてないんだね?」

「大丈夫だよ」

「あの時俺がついていれば…」

「そんな気負わないでよ」



精市と景吾を筆頭に周りも心配性な人達ばっかりで、朝から大変だったなぁ、と自分の事なのに他人事目線で思う。明日は寝ぼすけ組もちゃんと起こさないとね。

とりあえず疑惑はちゃんと晴らせた訳だし、此処は気を取り直して頑張ろう。今日私が担当する学校は氷帝と四天宝寺だったはずだ。…氷帝かぁ。また鳳君が抱きついてくるのが大変そうだなー、と思いながらも顔が緩んじゃうのは、何だかんだ楽しみって事なのかもしれない。



「泉さん」

「あ、リョーマ」



そこに、1人でトコトコと私の元にやってきたのはリョーマだった。



「今日は青学来ないの?」

「青学は昨日担当したばっかだからなぁ。行くとしたら明日か明後日かな」

「なーんだ、つまんないの」



珍しく口を尖らせてそっぽを向く、という子供らしい振舞いをしたリョーマに、なんだか特別なものを見た気持ちになってちょっと嬉しくなる。だからその勢いに任せて頭に手を載せてみると、彼は更に口を尖らせた。



「ちゃんと応援してるから、ね?拗ねないの」

「子供扱いしないでよね」

「そうだよねーもう立派な高校生だもんね!」

「…にゃろう」



そんなリョーマを飽きずにからかっていると、なんと彼は唐突におでこに唇を寄せてきた。つまり、キスというやつだ。何が起こったのかいまいち理解できず、おでこを両手で押さえながら目の前のリョーマを凝視する。その顔は悪戯を仕掛けた子供のようで、やられた、と思った。



「ちょっとー!何で泉のおでこにチューしてるのぉおおぉ!?」

「なんやて!?聞き捨てあらへんわ!」



そして、運悪くもジローと侑士にこの現場を見られていたようで、また面倒臭い事になると直感で察する。



「ウチの部員達が騒ぐから目立つ場所でこういう事しないで欲しいなぁ」

「じゃあ目立たない場所だったらいいの?」

「そういう問題じゃありません」



年下でも、男の子に見えても、こういう面では男の人になるらしい。会話を交わすにつれて警戒心を解きすぎたのがいけなかったみたいなので、私はこの瞬間に初心に戻ろうと決意した。



「越前!何をやっている!」

「ゲッ」

「何処に行ってたかと思えばやってくれるね?越前」

「はい、リョーマご臨終ー」

「ちょっ!」



そこに近付いて来た手塚君と周助は、団体行動を乱したリョーマにご立腹なのか、逃げようとする彼の腕を両側から掴んで引き止めていた。助けを求めるように手を伸ばされたけど、今ばかりはその手を取ってやるものか。背後で未だ何か言っているリョーマの声は聞こえてないフリをして、私はそのまま歩き続けた。
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