大好きな部活をやっている最中のテンションは最高潮だけど、俺があまり好きじゃない古文の授業ではそれが見事に急降下する。この時間は、早く放課後にならないかなーとばかり願っているのが現状だ。 でも、そんな時に泉先輩の姿を見つけたらどんな状況でも俺の気分は最高潮になる。窓から見える、先輩がグラウンドでランニングしてる姿。容姿は相変わらず地味だけど、俺には数ある女子の中で先輩だけが輝いて見える。 「如何でここだく恋ひ渡るーはい、これの訳を仁科!」 「えーと…どうしてここまで恋してしまったのだろう!」 「正解!これは万葉集に乗っているもので―――…」 少し前に勢いでしてしまったあの告白は、客観的に見ればおかしいかもしれないけど、俺自身は全く後悔していない。だって、あの勢いのおかげでそのままアドレスだってゲット出来たのだから! 昨日くじ引きでこの窓際の席を引けて本当に良かった。これからは授業中の先輩の姿も見られる。最近の俺は本当に幸運続きで、これで先輩と気持ちが通じればな、なんていう厚かましい願いは流石に恥ずかしくてすぐに掻き消した。 よし、今日はショパンの“私のいとしい人”にしよう!待ってて下さいね先輩ー! *** そして、放課後。 「(第一音楽室、だよな)」 俺は早速今朝練った計画を実行する為、帰りの挨拶が終わるなり足早に教室を出た。誤解しないでほしいが、俺は後輩の恋路を邪魔するほど性悪じゃねぇ。ただ、長太郎が興味を持つ女がどんなんか知りてぇだけだ。顔をチラッと見たらすぐ部活に行ってアップでもする予定だし、これは本当にただの興味にしか過ぎない。 っつー訳で行くとするか! 柄にもなく意気込み、テニスバッグを背負い直して第一音楽室に向かう。途中廊下で会った岳人は俺が玄関とは逆方向に歩いてる事に疑問をぶつけてきたが、適当に流しておいた。 で、第一音楽に到着した訳だが。 「───、…!」 「(…着くの早くねぇ?)」 HRが終わってからすぐに来たにも関わらず、もう中からは話し声が聞こえる。長太郎のやつ、どんだけ速攻で来やがったんだよ。 そうしてしばらく聞き耳を立てていると話し声は止み、長太郎の綺麗なピアノの音が微かに聞こえてきた。うわ、これ終わるまで待つしかねぇ感じか。音色から伝わってくるあいつの上機嫌さに苦笑しつつも、俺は演奏が終わるまでその場に留まることにした。 *** 「凄い!」 「ありがとうございます」 俺が弾き終わると、泉先輩は笑顔でその小さな手をパチパチと鳴らして拍手をしてくれた。愛くるしい! 「鳳君のピアノ、本当に綺麗だねー」 「先輩の方が綺麗ですよ」 「…もう、またそうやってからかって」 明るく笑ったかと思えば次は照れてはにかんで、そのギャップにもう気が遠くなりそうだ。俺の気持ちはバレてるからこうやって隠すことなく曝け出しているのだけれど、その度にこういう照れた表情を見せてくれる所が凄く可愛い。だからもっとからかってしまおうかな、と思っていたその時、 「入るぜ、長太郎」 ドアが開き、宍戸さんが入って来た。不覚にもこの瞬間、俺は尊敬している宍戸さんの事をスカッドサーブに当てたいと思ってしまった。 |