「此処にドリンクとタオル置いておくんで、取っていってくださーい!使い終わったら放り込んじゃっていいでーす!」 立海のコートに来てまず大声でそう叫ぶと、それらを切実に欲しているのか皆は一気に集まって来た。元気なブン太さんと赤也さんを筆頭に取っていくのは良いけど、ジャッカル君や柳生君、真田君といった、私の中で大人組に分類されている人達が取れてない。だから2人には手渡しでそれらを渡すと、 「サンキュ朝倉、助かった」 「ありがとうございます」 「礼を言おう」 「いいえ、時間有効に使ってね」 爽やかな笑顔2つと、変わらず厳格な表情1つを向けられる。そうして受け取ったのを確認したところで、ちゃっちゃと元の場所へ戻ろうと足先を変える。 「ありがたいの、マネージャーさん」 「…仁王君」 が、その時。背後から結んでいる髪をツン、と引っ張られたので仕方なしに振り向くと、そこには仁王君がいた。相変わらず何を考えているのかわからない表情をしていて、つい体が強張る。 「ドリンク美味いぜよー」 「それは良かったです」 「そんな警戒しなさんなって。柳に情報売ったりなんかしとらんよ」 「…うん、ありがと」 私が大失態を犯したあの後、周囲から仁王君の異名が詐欺師っていうことを聞いてかなりの不安に陥ったけど、目の前にいる彼は多分嘘は吐いていないはずだ。だから私はとりあえず信じようと思い、ぎこちない笑みを作った。 「朝倉」 「あ、柳君。私のデータはとれました?」 「愚問だな。夕食の時にでも教えてやろう」 「どれくらい合ってるかなー」 お次に話しかけてきたのは柳君だ。自信ありげな柳君に対しそう茶化せば、彼はまたノートに何かを書き加えてそのままコートに戻った。…今の会話で何がわかったのかな?ま、夕食に期待するとしよう。 さて。 「何か言いたいことでもあるのかな?」 そこで私はようやく、先程から感じていた視線の方に顔を向け言葉を投げかけた。この言葉は丸井君、切原君、柳生君に向けられているものだ。彼らはこっそりと見ているつもりだったのか知らないけど、正直結構な居心地の悪さを感じていた。 「視線を感じてたのは気のせいだったりする?」 「いや…気のせいじゃねぇけど」 「あ、もしかしてドリンクまずかった?仁王君には好評だったんだけど」 「い、いや!めっちゃうまいッス!」 「じゃあタオルが臭ったとか?」 「い、いえ。使い心地抜群です」 「なら、どうしたの?」 とはいえ別に怒っていた訳ではない、ただ純粋に気になっていただけだ。だからそんな畏まらないでほしいのだけれど、3人は気まずそうに顔を見合わせた後、何故か俯いてしまった。 「気になってるんだよ」 「精市?気になってるって…なにを?」 「決まってるじゃない」 そこで現われたのは精市だった。彼が放った言葉の意味が分からず、私が首を傾げて聞き返すと、彼は何を血迷ったのか突如私の頬に手を添えて来た。 「君の素顔」 そして、そう呟いた。 手が離れて行ったと同時に、すぐさまドリンクを回収して逃げ出したのは言うまでもない。頭はパンク寸前、私は立海コートから逃げるべく全速力で走った。 そのままの勢いでマネージャー活動室、略してマネ室に入ると、思ったよりも荒々しくドアが開いてしまい、案の定目を見開いて驚いている朋と桜乃ちゃんがいた。ちょっと悪いことをしてしまった。 「あ、あの、大丈夫ですか…?」 「うん。なんでもない。ごめんね心配かけて」 そう言えば2人も笑顔になってくれたからひとまず安心し、ちょっと焦りすぎちゃったかなと反省して深呼吸する。しばらくして段々と落ち着きを取り戻していると、反対に興奮した様子で朋が話しかけてきた。 「っていうか泉さんモテモテですね!ねー桜乃、凄かったよね!」 「うん、びっくりしちゃった」 「モテモテ?私が?」 あまりに飛躍したその話題は到底不可解で、頭の上には疑問符が飛び交う。モテモテとか、自分とはあまりにも無縁な言葉なんだけど。 「氷帝にドリンク配りに行ったら、鳳さんを筆頭に皆泉さんのこと気にかけてましたよ!まぁ私はリョーマ様命なので全然関係ないんですけどねっ」 「と、朋ちゃん!」 「そっかー、頑張ってね」 普段鳳君やジロー、向日君がじゃれてきてるのってモテモテっていうのかな?…いや、違うな、うん。心の中で勝手に自問自答した後に、でもまぁ確かにあの光景を初めて見た人は誤解しても仕方ない、と納得する。それよりも私的には、恋する乙女の顔になった朋ちゃんの方に興味がある。楽しそうで羨ましいで限りだ。 「よし、雑談はこの辺にして仕事仕事!」 本当はもっと話していたいけど、時間は無限大にあるわけじゃない。だからそう言って仕事再開の合図を出せば、2人は元気に返事をして、各々の仕事に取り掛かり始めた。…でも、このマネージャーの仕事、さっきの精市の発言だけでも相当やめたくなったのに、これから1週間やってくなんて考えたら自信はおろか、やる気さえなくなってきた。 …気合いだー。私はまだまだ始まったばかりの合宿を乗り切るために、1人でなんともやる気のない意気込みをした。 |