「ねぇ景吾」

「どうした?」



賑やかな雰囲気が漂うバス内。そんな中、跡部の席の前にいる泉は、不意に身を乗り出し彼に話しかけた。



「なんでこのバスこんなに大きいの?」

「途中で青学乗せてくんだよ」



泉の問いかけに跡部は飄々と答え、それを聞いていた他の者は一瞬の沈黙の後、驚いたように大声を上げる。



「へー、そうなんだー」



他の者、とはいえ叫んだのは一部の者だけだ。泉、跡部、滝は至って平然としているし、勿論樺地は言わずもがなだ。忍足は叫んだりなどのあからさまな動揺は見せていないが、若干困惑していることが表情から窺える。



「なんでそんなに驚いてるの?」

「だ、だだだだって青学に先輩がとられたら…!」

「まさか。あり得ないってば」



呑気に笑い飛ばす泉を見て、一部の心配性なメンバーは頭を抱えた。



「不二あたり危ないと思うんやけど。っちゅーかそれで油断して立海に目つけられたやん」

「同感ですね。全く危機感のカケラもない人だ」

「そんなに心配すること?」



その言葉には一部のメンバーだけではなく全員が、無自覚ほど厄介なものはない、と思ったとか。



***



「俺と泉は出迎えに行ってくるから、お前らはここで待ってろ」



青学に到着してから俺がそう言えば、案の定コイツらは何の遠慮もなく非難の声を浴びせてきやがった。この短絡さぶりには毎度のことながら溜息が出る。



「泉先輩は俺が守ります!!」

「少し落ち着こうね」



特に煩く騒ぐ鳳を萩之介が宥め役に回った。全員が萩之介みたいになってくれれば苦労はしねぇが、そんなのは到底無理に決まっているから早々に諦める。



「ただ挨拶してくるだけだから大丈夫だよ。行こう、景吾」

「あぁ」



泉もこのまま青学を待たせてはいけないことを察したのか、未だ文句を垂れてる奴らは無視し、一緒にバスを降りた。



「ごめん景吾、ちょっと待って」

「どうした?」

「目にゴミが…あ、痛い」



が、降りた瞬間、目にゴミが入ったのか泉は顔を俯かせた。俺はそんな泉を隠すように側に立ち、ゴミをとったのを確認した後に離れた。今一度安否を聞いてから、後ろを振り向く。



「…待たせたな」



するとそこには、意外なものを見た、とでも言いたげな顔をしている青学の奴らが既に並んでいた。泉ばかりを気にかけていたせいで、こいつらの存在に気付かなかった自分を少し悔やむ。誰かの言葉を借りるとするならば激ダサと言ったところか。



「ふーん、良いもの見ちゃった」

「…お前」



その時、俺達の後ろから越前が呑気に歩いてきやがった。方向的に泉が向いていた方向と一緒だ。…まさかコイツ、見たのか?そんな不安に駆られ、まだ何も聞いていないのについ怪訝な表情を浮かべる。



「もうちょっと顔あげてくれたらしっかり見えたのにね」

「け、景吾」

「放っておけ。手塚すまねぇな、コイツはウチの臨時マネージャーだ」

「…3年の朝倉泉です、よろしくお願いします」



厄介なことになったぜ、不二にばかり目をつけてこの生意気ルーキーを忘れてた。素顔は見られていないから恐らく大丈夫だろうが、油断はできねぇ。



「部長の手塚国光だ。今回はよろしく頼む」

「はい、こちらこそ」

「他の部員の紹介はバス内で行う。跡部、時間が押している」

「あぁ、乗り込みな」



未だに挑発的に此方を見てくる越前を無視して、俺は青学メンバーをバスに乗り込ませた。不安そうにしてる泉に大丈夫だ、と声をかければ、ちょっと自信ないかも、という情けない言葉が返ってくる。



「泉ちゃん?」

「…はい?」



と、その時。最後尾にいた不二がバスに乗る前に泉に話しかけてきた。只でさえ越前のせいで気が気じゃねぇっつのに、忍足の推測通りコイツも即刻ブラックリストに入れる。



「僕は不二周助だよ。よろしくね?」

「あ、うん」

「なんか色々面白そうだから、是非楽しめること期待してるよ」



不二はそれだけ言うと裏がある笑みを1つこぼし、バスに乗り込んだ。余計なことまで言いやがって、と内心で毒づく。



「景吾」

「なんだ?早く入れ」

「…青学怖い」



今ので泉の不安は更に煽られたのか、なんとも頼りねぇ顔で一言そう呟いたあと、逃げるようにバスに乗り込んだ。その小さな後姿を見て俺は溜息を吐き、重い足取りで後に続いた。
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