「マジマジー!?泉マネやってくれるの!?」 「まだ決まった訳じゃないし、出来る事ならあんまりしたくないよ…」 こっちの気も知らずに浮かれているジローを見て、厄介な事になったなと頭を悩ませる。校内放送がかかった時点で何となく予想は出来ていたが、まさか本当になるとは。監督が泉を気に入ったのは一目瞭然だった上に、コイツは俺らからの信頼も厚い。確かにマネージャーには最適だが、それ以前にコイツにはバレたらまずい事実がある。学校生活だけでも苦労してるっつーのに、1週間野郎共と同じ屋根の下なんて…中には相当頭がキレる奴も沢山いる。どう考えても苦労することは目に見えるだろう。 「どうしようー…」 「アンタも大変ねー、あの教師に気に入られるなんて。私なんて超嫌われてるよ」 「当たり前だ、お前監督の身なり馬鹿にしただろ」 「正論だと思うけどなぁ、香水臭いしスカーフダサい」 「…そんな事言ったんだ」 「泉が転入してくる前だけどね」 「アレ面白かったCー」 香月が過去に監督に放った言葉を聞いて、泉は唖然とした表情を浮かべた。あの後の練習メニューのキツさと言ったら無かったな、とまぁこの話はどうでもいい。 「泉、ちょっと来い」 「あ、うん」 今はコイツが最優先だ。そう思った俺は、泉を連れて廊下に出た。 *** 「どうすんだ」 「だよね」 景吾に廊下に連れ出されるなり開口一番にそう聞かれ、私も同意するように頷いた。だよね、とか他人事じゃないっていうのに…本当にどうしよう。 「お前はやりたいのか?」 「いや、皆と一緒にいれるのは良いんだよ。でも他校の人もいるし、正直1週間は面倒くさいし、何よりバレたらお終いでしょ?」 「同感だな」 悩んだところで答えは決まってるのだから、それならさっさと断った方がいいのには間違いない。ていうかもう断ってるんだけどね。問題はそこで、榊先生が引いてくれるかどうかに全てがかかっている。まさかあの人が此処までしつこいとは思ってもいなかった。 「それに、最近仕事ラッシュなんだ。来週1週間は夜にラジオの収録あるし、今は無いけど急に撮影も入るかもしれないし、やっぱり難しいよ」 「成程な」 「榊先生が引く姿勢を見せてくれればいいんだけどね」 前はあくまでも1日だからと決めていたマネージャーを、違う環境で1週間もやらなきゃいけないなんていうのはやっぱり無理だ。やりがいは得られるにしてもリスクが高すぎる。 「1週間なんて辛くて泣いちゃうー」 「バーカ、それは嘘だろ」 わざとらしく泣いた真似をしながらそう言うと景吾は笑いながら小突いてきた。いやいや、でも笑ってる場合じゃないんだよ。 「さてどうしよう」 「とりあえず、仕事のマネージャーとも相談してみたらどうだ」 「んー…そうだね、そうする。という事で私これから仕事だから、今日は早退するね」 「そうか。玄関まで送ってくぜ」 「ありがと」 そうして一度話を終わらせて、再度教室に戻って鞄を取りに行った後、詰め寄ってくるジローに適当な嘘を吐いて景吾と玄関まで一緒に歩いた。…ごめんね、ジロー。 バレたくないと思う反面、こういう時に本当の事を言えたらどれだけ楽だろう、とも思う。その矛盾した気持ちが更に私を悩ませて、どこかやるせない気持ちで仕事場に向かった。 *** 「今日も可愛かったわよ、お疲れ様」 「ありがとうございます」 仕事が終わり、メイクルームに戻って来た泉とマネージャーの北野。2人は明日以降のスケジュールを確認し終えると、各々帰る準備を始めた。そしてそれも終え、楽屋から出て、北野の車に乗り込む。 「…あの、北野さん。相談があるんですけど」 「ん?何?」 北野がエンジンをかけて車を発進したところで、ようやく泉は意を決した表情で話を切り出した。相談の内容は勿論昼間にあった事だ。泉は榊に頼まれた内容を簡潔に北野に説明し、最後にどうすればいいですかね、と気弱な言葉を付け足した。 「あら、行ってみればいいじゃない」 「えっ!?」 泉はどう断ればいいのかを教えてもらいたいが為に相談したのだが、肝心の北野の返答は意外にもあっさりしたものかつ、予想外なものだった。泉が驚き大声を上げるものの、北野はやはり呆気からんとしている。 「合宿所といっても都内でしょう?収録場所からそう遠くないなら問題は無いし、夜は抜け出すか何か理由付けてでも来れば大丈夫だし?」 「…はぁ」 続けて発された強気な言葉に、泉は困惑しながらも頷く。 「それに一生に一度の青春よー?楽しんでこなきゃ損だわ」 「青春、ですか…」 自分の事のように楽しそうに話す北野を見て、泉の心はぐらぐらと揺らいできた。そういえば青春という青春を味わったことが無い気がする、というのから始まり、聞いた所、合宿は女子1人だけって訳でもないみたいだし、皆といるのは凄く楽しい。1週間の中で色々な人と交流出来る機会は、これから先早々無いだろう。 「どう?マネージャーは恐らく大変だと思うけど、1人じゃないんだから。周りにサポートしてくれる人いるんでしょ?」 「あ、そういえば私サポート部なんだった」 忘れかけていた所属部、本来の活動をすべきなのかと更に追い打ちをかけられる。もうそこまで持っていかれれば、答えは1つしかない。 「じゃあ、行ってこようかな…」 「楽しんでらっしゃい」 他の者からどれだけ頼まれても揺らがなかった気持ちがこうも簡単に崩れてしまうとは、と泉は1人苦笑した。しかし、今までは後ろ向きにしか考えていなかっただけに、前向きな部分を少しでも見つけられると妙に楽しみになるのも事実だ。 ま、なるようになるか。…なんか起こりそうな気もするけど。車から見える外の風景を眺めながら、彼女はそんな事を思った。 |