「今日1日ご苦労だったな、マネージャー」 「いいえ、お役に立てたのなら嬉しいです」 最初はかなり嫌々だったこの仕事も、初めて作った割にシャーベットは上手くいったし、皆にも喜んでもらえたし、なんだかんだ結構やりがいも感じたし。どうやら満更でもなかったみたいだ。 そうして今は、集合がかかった事を伝えに来てくれた真田君と一緒にコートに向かっている。無防備すぎる状態でいたおかげで眼鏡をかけるのにすっごい焦ったけど、どうやら彼は他の人のように鋭くないみたいで助かった。 「…朝倉」 「ん?」 「その…すまなかったな、最初怒鳴りつけてしまって」 「え?そんな。真田君が謝る事じゃないよ」 すると唐突に真田君らしくない狼狽えた様子で謝られて、思わず私の方が焦る。あれは完璧に私が悪かったのに、なんで真田君が謝るの。内心はそんな疑問でいっぱいだったけど、私が一言言えば彼は分かってくれたのか、此処に来て初めて見る笑顔を浮かべてくれた。 「今日は見事な仕事ぶりだった。是非ウチにも派遣したいくらいだ」 「はは、光栄だけど私も今日限定だからね」 「そうか」 そこで会話は途切れて、少ししてコートに着くと既に皆は集まっていた。こっちこっち!とすぐに手を振って来たジローの元へ行く前に、今一度真田君に頭を下げてからそこを離れる。なんだかんだで氷帝の皆の中にいるのは落ち着くなぁ。…のはいいんだけど、ブン太さんと赤也さんから向けられてる凄まじい視線は何なんだろう。柳生君にもチラ見されるし、私なんかしたっけ? *** そして、練習試合は終了の時間になった。 「朝倉」 「ん?」 「お前についてまとめたデータを報告したい、番号を教えてくれ」 「あ、じゃあ俺も蓮二から聞いておくね」 柳の申し出に泉が笑顔で対応すると、それを見ていた幸村を筆頭に何名かも彼女に同じ事を告げた。中にはこの場では言えない者もいたようだが(主に覗き見3人組)、いずれにせよ彼らの携帯には彼女の番号が登録されるだろう。 「世話になったな」 「あぁ、ご苦労だった」 「またな」 「氷帝も、久々に打ち合えて楽しかったよ。また来てね」 「プリッ」 先程の覗き見3人組は変に意識してしまい帰りの挨拶もままならなかったが、残りのジャッカル、真田、柳、幸村、仁王からはきちんと言葉を貰い、泉は満足げに目を細めて頷いた。 こうして氷帝陣は跡部の自家用バスに乗り込み、学校に向かって走り出した。最初は興奮も冷めぬやらといった感じで賑やかだったバス内も、次第に静かになっていき、今は万年寝太郎の芥川を筆頭に全員の寝息しか聞こえない。 「…お疲れ様」 そんな中跡部の隣に座っている泉は、補助席に座り無理矢理泉の隣に来た芥川が膝に頭を乗せて来たので、それを優しく撫でながら呟いた。 と、その時。突如肩に感じた重みを不思議に思い、彼女は横を見た。するとそこには、普段からは想像出来ないほど柔らかな表情で眠る跡部の姿があった。初めて見るその表情にまた微笑みがもれ、芥川を撫でている手とは反対の手で彼の頭を撫でる。とそこで跡部が身じろぎをしたので、起こしては悪いと思い手を離そうとすると、跡部は寝ているにも関わらずそのままその手をとり、指を絡めた。 「(わお、両手ふさがっちゃった)」 太ももには芥川、肩には跡部、そして両手は塞がっている。正直重いことこの上ないだろうが、そんな状況でも泉の表情は緩んだままだった。 間を空けて隣の座席を横目で見ると、鳳が日吉の肩に頭を預け爆睡している。気持ち良さそうな鳳とは対照的に、日吉の眉間には寝ているというのにクッキリと皺が刻み込まれていた。 泉は他のメンバーの寝顔も拝見したいと思ったが、何せ状態が状態な為それは不可能だった。しかしそんな時後ろの座席から物音が耳に入り、首だけを後ろに向ける。 「樺地君?」 「ウス。起こして、しまいましたか」 「ううん、私はこんな状態だから寝てないよ」 泉の後ろの座席は樺地で、その返事で彼女がどんな状態になっているのか気になった彼は、後ろからその大きな体を乗り出した。 「重く、ないですか?」 「正直重いけど、苦ではないよ」 「芥川さんも、跡部さんも、皆さん泉さんが、大切、です」 樺地はそれだけ言うとまた自席に戻り、しばらくすると彼からも規則正しい寝息が聞こえ始めた。泉はといえば、まさか樺地からこんな事を言われるとは思っていなかっただけにその頬は緩みっぱなしだ。こんなに嬉しくなれるならまたマネージャーやってもいいかも、とは思うものの、それは容易に実現出来るものではない。しかしそれでも、せめてこの人達が自分と同じ気持ちであってくれればいいと願うくらいは許して欲しい。 そうして繋がれている手に力が込められたのを感じ、泉もゆっくりとその手を握り返した。 |