家庭科室に来た理由は、こんなに暑い中外にいたくないという私の我侭と、少しでも暑さを凌ぐ為に冷たいものを作ろうというやっぱり私の我侭だった。とはいえ、これには皆も喜んでくれると信じたい。

よし、と小さく声を上げて、最後の仕上げも終えたそれを見て満足げに微笑む。そうとなれば早く持って行こうとタッパーに詰めていたら、急にドアをノックする音がその場に響いた。びっくりしたー、柳君かな?そう思いつつもまずはどうぞ、とドアに向かって声をかける。



「あれ、幸村君?」

「やぁ」



すると入って来たのは柳君ではなく、柔らかい笑みを浮かべた幸村君だった。予想外の人物にこれまた驚かされる。



「何してたの?」

「うーんと、暑いからシャーベット作ってたの」

「シャーベット?」

「シャーベット。時間無かったからちゃんと固まってるか微妙なんだけどね。味は保障するよ」

「ふーん。食べてもいいかい?」

「どうぞ」



いまいち何しに来たのかはわからないけど、味見をしてくれるのなら大歓迎だ。私はそれにつまようじを刺して、幸村君の口元の前まで運んだ。でもそうすれば幸村君は、何故か私とシャーベットを交互に見て戸惑い始めた。



「やだな、毒味とかじゃないからね?」

「…いただきます」



だからおどけて冗談を言ってみせれば、少し笑った後に勢いよく齧り付いてくれた。笑顔の理由はちょっとわからないけれど、齧った瞬間にシャリ、って良い音がしたから一安心だ。ちゃんと固まってるみたい。



「うん、凄く美味しい」

「ありがとう。それじゃあ運ぼうかな」

「皆君の事待ってるよ」

「え!?それは大変」



まさか待たせているとは思ってなかった、急がなきゃ。とりあえず勢い任せに冷蔵ボックスを肩に担ぎ、ドリンクとかちゃんと置いておいたんだけどなぁなんかやり残した事あったかな、と不安が胸を疼く。



「持つよ」

「え、いいよこれくらい」

「じゃあ2人で持とう」



すると幸村君はふいに私の肩から紐をスルリとおろして、片方の持ち手を持った。意外に強引なんだな、と新発見。

そして私達は他愛もない話をしながら、コートまで肩を並べて歩いた。私の小走りが幸村君の早歩きにも満たないとはどういう事でしょう。



***



「うめぇーー!これやばいぜぃ!」

「毎日いけるッスよ!」

「練習の後にこんなの出されたらたまんないCー!ありがと泉ー」

「先輩っ是非うちに嫁いでください!」

「鳳、落ち着け。泉、これ毎日作れ」



朝倉さんが作ったシャーベットは案の定全員に大好評だった。さっきまで全然興味無さそうにしてたブン太と赤也はおろか、あの跡部までちゃっかりらしくない事を言っちゃってる。

それにしても、とさっきまですぐ隣にいた彼女に再び視線を向ける。

何の戸惑いも無く俺の前にシャーベットを出してきた時の瞳も、俺には一切頼らないで冷蔵ボックスを担いだ姿も、それは下心が一切無い、無垢そのものだった。加えて彼女は、間近で見たら指先や髪、肌、細かい所まで念入りにケアしている事がわかった。もしかしたら、最初に“地味”という印象を抱いた時点で俺の負けだったのかもしれない。そこから生まれてくるギャップや、よく見たら隠しきれていない綺麗さにぐんぐんと興味が惹きつけられていく。



「なんじゃ幸村、ニコニコしとるのう」

「何か気に入った事でもあったか」



俺が1人でそんな事を考えていると、仁王と蓮二が両隣に立って来た。やっぱり詐欺師と参謀は気付いていたか。笑って言えば当たり前じゃ、ちょうど目に入ったものでな、と白々しい答えが返って来る。



「悪いけど、君達に彼女の情報を提供する気はないよ」

「それは実につまらないな」

「でも、代わりに数少ない俺の情報をあげる」

「ほう、本人の口から聞けるなんて光栄じゃの」

「あの子、良いね」



一瞬蓮二の手が止まったのと、仁王が目を細めて笑った姿を横目で確認して、さっさとその場を立ち去る。あの2人にここまでの反応をされるという事は、やっぱり俺は中々おかしい事になっているらしい。
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