「泉って呼んでもえぇ?」

「え、あの」



教室に戻ろうとした私に話しかけてきたのは、丸眼鏡をかけた長髪で細身な男子だった。あ、この人、体育の時ジローにボール当てられてた人だ、とそこまで思いついたはいいものの。…バックに女子の嫉妬の視線を背負ってくるなんて、いらなすぎるおまけを寄越してくれたものだ。香月以外に女子の友達が出来るのか本気で不安になる。



「俺、忍足侑士言うねん。よろしゅうな」

「…急いでるんで!」



視線も怖いし、なんとなく直感で(ちょっと扱い酷いけれども)彼に不信感を抱いてしまった私は、そう言って走りだそうとした。



「ちょ、待ちぃな」



だけどその作戦は無残にも打ち砕かれ、腕を引っ張られたと同時に手の中に溢れていたパンが落ちてしまった。更には、それを拾おうと腰をかがめる前に忍足君が全部とってしまった。



「…盗るの?」

「そない飢えてへんわ。これ、1人で食う気やないやろ?」



最悪な事に、その言葉と笑顔で一瞬で彼の意図が読めてしまった。つまり、だ。このパンを待っている人達に届けるには、当然パンが必要で。そしてそれを持ってるのは忍足君で。



「…返して?」

「運んでったる」



こういうことだ。あまりに小癪なこのやり方に、私は初対面にも関わらず不機嫌さを全面に出してしまった。それでも忍足君は上機嫌だ。で、歩く事数分、ようやく目的地である私のクラスに到着した。到着した途端に浮かべた3人の表情は、それはそれは嫌悪感に満ちていた。



「何で忍足がいるのー?」

「届けにきたんや」

「うんありがとう、ということで速やかに散りなさい」

「むしろ消えろ」



会話からわかる通り、忍足君は香月と景吾に散々な扱いを受けている。さっき私も酷い扱いしちゃったから人の事あんまり言えないけど、罵詈雑言のオンパレードにいくらなんでも口元が引き攣る。ってそんな事より、香月の笑顔がものすごーく怖い。



「酷いわぁー」

「あ、あの」

「なんや?」

「…一緒に食べる?」



そのおかげで落ち込んでしまった忍足君が少しだけ可哀相に思えて、私は思わずそんな言葉を投げかけてしまった。甘いでしょうか自分…。



「オイ泉、こいつに情けは」

「ホンマか!?ごっつ嬉しいわ!おーきに!」

「どさくさに紛れて何してやがんだ変態!」

「やっぱり散れ」



すると忍足君は、喜んだ勢い余ってなんと私に抱きついてきた。それを景吾がすぐに剥がし、香月がまた暴言を吐く。

言い合いが中々収まらない上に、校内で有名であろう4人が揃っているか周囲の視線は絶えない。でもまぁ、これが日常になってくんだなって考えると確かに厄介ではあるけれど…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ楽しみかも。だって、皆なんだかんだ楽しそうなんだもん。



「泉のえがおー!」

「ホンマ癒しやなぁ、脚も綺麗やし」

「口元緩ますなキモイ。っつーか脚目当てでしょどう考えても」



黒縁眼鏡にモッサリ三つ編み。オマケにスカートは床上から測った方が早いってくらい長いなんていうこんな容姿でも、ちゃんと見てくれてる人はいるもんだ。



「ほら、昼休み終わっちゃうわよ!」

「早く食うぞ」

「泉、アーンしたってぇな」

「調子にのんじゃねぇ」

「…ジョークやん」



なんていう一瞬怖い雰囲気が流れたりもしたけど、私はその光景を見て少し口元を緩ませた。でもそんなゆっくりもしてられないから、次の授業に間に合わせる為にパンをマッハで詰め込み、昼休みは終わった。忍足君もちゃんと教室に帰っていった。…ちゃんと、っていうか、駄々をこねてたところを景吾と香月がキモイの一言で片したんだけどね。手厳しいー!



***



「じゃあ、委員会は生物委員で良いかしら?」

「ハイ」



放課後。近藤先生に呼ばれ職員室に出向くと、その内容は部活と委員会の事だった。氷帝はこの2つが必須らしいから、とりあえず委員会は前の学校でもやっていた生物委員にした。部活は今日この後見学して決める予定だ。



「じゃあ部活見学いってらっしゃい」

「はい、失礼します」



最後に部活動紹介の紙を近藤先生から貰って、職員室を後にする。

とその瞬間、私の耳に綺麗なピアノの音色が入って来た。発端地はすぐ隣にある音楽室からだ。特に音楽を嗜んでいる訳ではない私でも凄く綺麗だと思うんだから、間近で聞いたら更に綺麗なんだろう。



「…ちょっとだけ」



音色に惹かれるように、私は音楽室に足先を向けた。防音効果によって聞き取りにくくなっているこの音色をもっとちゃんと聞きたい、そして、こんな綺麗な音色を奏でる人はどんな人なのかなと、大きな期待と興味を持ったから。
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