アイツらが2人揃って怒られているのはさして珍しい光景でも無いが、こんな時にまで何をやっているんだ。そう呆れた俺の目線の先には、何故か部室に行こうとした所を弦一郎に見つかり、そのまま正座させられている赤也とブン太の姿がある。



「柳君!」

「朝倉か」



様子でも見に行くかと足を踏み出そうとした矢先、意外な事に朝倉が背後から話しかけて来た。とりあえず返事をするなり唐突に「家庭科室の場所教えてもらっていいかな?」と問いかけられ、一体何をするつもりかと疑問に思いつつも、丁寧に家庭科室までの道のりを教える。



「何をするんだ?」

「んー、秘密!」



そう言って小さく笑った朝倉の手には、1つの手提げ袋が持たれていた。至ってシンプルなデザインだが、よくみると有名ブランドのロゴが入っている。意外にもこういう傾向を好むのか、と小さな事でもデータを取るのは忘れない。



「何故俺に頼んだのだ?」

「データマンと名高い柳君に聞けば、道のりも丁寧に教えてくれそうかなって」



別に大した事では無いのだが、なんとなく思った事を問いかけてみる。すると朝倉はそう言ってから、あと、と話を続けた。



「こんな短時間でもデータってとられるのかなって、少し気になったのもあるかな」

「成程、一理ある」

「自分の客観的な視点ってやっぱり気になるでしょ?後でとったデータ見せてね」



そう楽しそうに笑う朝倉の表情は、とても第一印象の地味な女とは結び付きそうにもなかった。容姿と中身は少なからず通ずるものがあるはずだが、どうも朝倉の場合、両方がそれぞれ変に浮いて見える。言ってしまえば、一致していないのだ。これは更にデータをとる必要がありそうだな、と確信し、駆けて行った小さな背中を見て俺は1人口元を緩ませた。



***



「朝倉さんの姿が見当たりませんね?」

「へぇ、そんなに気になるの?」

「ちっ、違いますよ!」



休憩時間。それまで手渡しでドリンクとタオルを渡してくれてた朝倉さんは今はコートにいなくて、代わりにテーブルの上にそれらが並べてあった。彼女は何処に行ったんだろう、恐らく何人かが頭の中に浮かべたであろうその疑問を口に出したのは柳生で、そんな柳生をここぞとばかりにからかったのは滝だ。



「あぁ、朝倉なら家庭科室に行ってるぞ」

「何で家庭科室?」

「理由は俺にもわからないが、何やら袋を持っていた」

「へぇ、アイツ何するんだろー」



そこで蓮二から返された言葉に、隣で聞いていた向日も不思議そうに口を開く。俺はといえば、特に表情に変化は見せずにただ心の中でふーん、とだけ呟いた。



「泉先輩がいないんですかっ!?ちょ、俺探しにっ」

「とりあえず落ち着け長太郎」



更に傍らでは、氷帝の黄金ペアがそんな会話を繰り広げている。別に居場所がわかったならそこまで不安に思う事はないだろうに、ていうか鳳君ってこんなキャラだったっけ。

でも、彼女の行動には何故か興味が注がれるばかりなのは否定出来ない。何が起こるのか、それがどんな事なのか、楽しみで仕方ない。



「跡部、もう一打ちどうだ?」

「いいぜ」

「じゃあ俺もブン太とやるー!」

「仕方ねぇなー」



ほどなくして話題は逸れ、真田、跡部、芥川、ブン太を筆頭に皆は再び各自練習を始めた。そういえば芥川とブン太は高校に上がった頃からメールをし始めたみたいで、今じゃまるで兄弟みたいだ。



「あーあ、泉がおらへんなんて退屈やなぁ」

「何かやばいぞ、お前」

「ウス」



と、此処にもう1人キャラが崩壊してる奴が。苦笑しながら忍足に目を向ければちゃっかりジャッカルがツッコんでて、苦労人は何処にいても大変だなぁと他人事な感想を抱く。



「全く、先輩無しでは何も出来ないんですか?天才が聞いて呆れますね」

「はぁ…」

「…重症ですね」

「苦労するのう、後輩も」



忍足の様子には後輩の日吉まで呆れていて、仁王はそんな奴の肩を労うように叩いた。しっかりした後輩がいて良かったね氷帝。



「またデータを集めているのですか?」

「あぁ、新しく朝倉の欄も出来たからな」

「えぇ!すみません、こっそりスリーサイズとか教えて貰えませんか!」

「あ!?ふざけんなお前!」

「だって先輩スタイル良いんですよー!しかも可愛いし!」

「長太郎ぉおぉ!」



柳生の質問にサラッと答えた柳に、それに物凄い勢いで食いつく鳳に、全力で彼を立て直そうとする宍戸。皆して朝倉さん朝倉さん、って何これどういう事?俺1人になっちゃったじゃん。

ま、絶好のチャンスなんだけどさ。

そう思った俺は、ほとんどの奴がもう休憩を終わらせているにも関わらず、誰からも視線を当てられる事なく校舎内に出向いた。何をしに行くかって?そんなの決まってるだろ。
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